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短編小説①


この作品は、現在連載している書評の冒頭に掲載されている創作文を膨らましたものです。

書評。物語はこんな宇宙#01 カーソンマッカラーズ、結婚式のメンバー
https://note.com/gurisan/n/nc28d3708d81e

日本の太平洋ベルト側の地方都市に生まれ、中学生ぐらいの時には違うどこかに行きたいと強く思っていた。頭の中で思い浮かべる違うどこかとは、ニューヨークであったかもしれないし、ロンドンだったかもしれない。ただ、子供ながらにいきなり海外に行くことには果てしない遠さを感じていた。だって明らかにアメリカ人と軽口を言いながら日常生活を乗り切る能力は中学生の自分にはなさそうだったからである。まあとりあえずは大人になったら東京にいこう。東京の次がニューヨークだ、そうしよう。そう頭の中では考えが渦巻く。渦巻く。このようにどんづまったと感じる人間にとっては、今いる故郷は、自虐と皮肉で切り刻む料理の材料となる。私の住んでいる街は、人も文化も面白味がなくてね、終わってるよ。こんな街はもう終わりだ。早く抜け出すと彼は嘯く。そしておそらく彼は約束された救済の場所を持っている。私にとっては東京だが、じゃあ東京で生まれた人間はどこにいくのだろうか?

書評より


本編

朝にふとため息をしているのに気づいたのは3日前だった。

私は、子供の頃から喉が弱く、よく声が掠れていた。

母はそんな私に「毎朝ベッドから上がったら窓を開けなさい」
とやかましくいう。

毎朝のように窓を開けろ開けろと母はアラームのように繰り返し、顔色の悪い私は、ベッドの上から掠れた声で
「でも、エアコンの意味がないし、冬は寒いよ」
と、子供ながらに嫌味を投げかけた。

幼かった私としては、強くなる前に死んだら意味がないのではないかと、気の小さい私なりに異議を申し立てたつもりだった。

ただ異議とはなかなか通らないもので、母は、私の非難なんか気にする人間なんかじゃなかった。

彼女は私なんかと違い自分のポリシーを突き通せるタイプの人間だった。

そして今となれば結果論だが、驚くべきことにこの英才教育に効果はあった。

気の小さい私は、皮肉屋になり体は少しずつ丈夫になっていった。

私に今日も無意識のうちに、朝起きるとベッドから起き上がり、左手にある窓に手を伸ばす。

鍵は開けづらいけど、どうにかこじ開け、取っ手を左にひく。

目をゆっくり開き、私の窓から見える光景は、都会の街中より少し贅沢なものかもしれない。

少し高台の坂道に立っている我が家から見える景色は、日によっては光で煌めいている。

これらの景色や光は私にとっては朝の体調を表す鏡でもあった。

ヘリに手をやり、目を奥に凝らしてみれば、そこには太平洋に面した港の姿がある。

木々の裂け目から見える黒さは、寝ぼけていても強い存在感を感じる。

角張った工場たちは少しくすんでいるが、一定の間隔で突き刺さった赤と白の鉄塔台が合間にあった。

紅白のそれはくっきりとした目印のようにも巨大な鳥居のようにも私には見えた。

奥に見える工業都市とコントラストになるのが、手前に輪郭のようにある林だった。

ぎっしり生えているわけでもない。隙間もある。我が家の前の林。

考えるまでもなく林にも種類があり、役割はあるが、目の前にある林は、林としか私には言い合わせることができなかった。

家族や周囲の人は、この木は何とかの種類の木でみたいなことを、私によく教えてくれたし、学校の授業も何かあったと思う。

ただ、その全ては綺麗に通り過ぎていってしまって、今日も私の前にあるのは、一本の木の集まりではなかった。ポツンとした枠組みとしての林だった。

私は、こういった林を家族で旅行にいったときに旅のあちこちでみかけた。

それは北に行っても東にいってもどこにでもあった。

小さかった私は全て同じ林に違いないと思ったのだ。

車内の座席の背面の柔らかい部分を撫でながら、真剣な顔で私がそう大きく宣言すると、母は振り返らず、ただ声だけで笑った。

続く




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