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関谷恭子句集「落人」感想 3


初雪(2020〜2021)

落し文だいじに燐寸箱の中

だいじにという言葉がいいです
俳句は具体的な描写で「大事にしていること」を伝えるというのがセオリーですが、この句では「だいじに」がそのまま心に届くように感じます
燐寸箱の中という描写が漢字表記と相まって、だいじにを生かしているのだと思います

古池ふつと八月の息を吐く

八月の季語が生きている句だと思います
お盆があり、終戦の日(敗戦の日)がある八月
古池は切れているのではなく、主語として読みました
八月の息なので、古池は常に息をしているとも読めますが、普段は息を殺して存在を隠しているとも読めるかと思います
忘れられた古池の吐く息の匂いは、人々に何を思い出させるのか
想像することを迫られる句です

波音に震へて能登の白障子

波音と聴覚から入っていること、障子の白さが視覚に訴えてくることから、夜の句ではないかと思いました
障子を開ければ暗闇、見える白と見えない黒の対比が美しいです
波音がし、それに遅れて、障子が震える
海との距離、震えの走る室内空間が感じられます
音といいながら詠んでいるのは震えという皮膚に伝わる感覚で、それが静寂を際立たせています

着ぐるみの口から巷見る師走

労働の句なのですが、切実さをふわっと包む優しさが感じられます
滑稽、諧謔に感じる対象との距離はなく、同じ光景を見ているような気持ちがしました
恭子さんが着ぐるみに入ったことがあるのか、私は存じませんが、これがご自身の経験ではなく写生句であったとしても、対象に寄り添い深い共感を持って詠まれたことが感じられます

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