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天才のいない医療マンガ『リエゾン』【作品紹介】

この医療マンガに、天才医者はいない。
代わりに出てくる医療関係者たちは"欠点"のある人物ばかりだ。

主人公である研修医「遠野志保」は発達障害を抱えており、その影響で忘れっぽくミスを犯すことが多い。
それを指導する児童精神科医「佐山卓」も同じく発達障害を持っており、どこか抜けた部分がある。
他の登場人物も、チャラい見た目だったり、離婚をしていたり、ゴスロリの格好だったり……、一癖二癖もある登場人物が多く出てくる。

だがあえて”天才の医者”という絶対的な解決手段を出さないことこそが、リエゾンというマンガを名作たらしめていると思わずにはいられない。

今回のnoteでは児童精神科医をテーマに描かれた"天才のいない医療マンガ”『リエゾン -こどものこころ診療所-』(原作:竹村優作 / 漫画:ヨンチャン/講談社)を取り上げたい。

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『リエゾン』の物語は主人公が忘れ物をするシーンから始まる
(第一話より)

大人はみんな子供だった

そもそもこの作品で取り上げられている「児童精神科医」とは何なのだろうか。児童ということは、子供を相手にしていることはすぐわかる。
だが、切ったり縫ったりが想像しやすい外科に比べると、なんともイメージしづらいのも確かだ。

作中の範囲で、児童精神科医の内容として上げられているのは「精神科」という言葉からイメージしやすい「発達障害」や「うつ病」の他にも、もはや珍しくなくなった「不登校」、自律神経の問題で朝起きにくくなる「起立性障害」などの身体的な問題、「育児放棄(ネグレクト)」のような子供ではなく親に問題があるケースも扱われている。

やや大げさにいってしまえば、児童精神科というのは"子供に起きる全ての問題"を扱うところと言えるだろう。

大人が必ず通った「子供」の問題を扱うことで、読者である大人の抱える問題をも扱っている。それが本作だ。

「子どもの時に抱えた問題が、大人の抱える生きづらさに繋がっている」というテーマは作中全体に通るテーマだ(1巻#2より)


社会問題を想像すること

作中のエピソードを出そう。

この回では、うつ病を患った父親を持つ小学生の少女を中心に物語が進む。
ストーリーの軸は「この少女を父親から引き離すべきか」だ。

うつ病の父親のために、ご飯を作るシーンは痛々しい (1巻#5より)

父親はうつ病の悪化でマトモに家事をすることができない。家はゴミ屋敷状態だ。同じく精神疾患を抱えた母は一年前に自殺している。
少女はそんな父親を支えるべく、家で料理などの家事をしている。小学校に通えていない。
主人公の研修医「遠野志保」は、訪問看護師の主張する「児童相談所で一時保護するべきでは」という意見に苦悩する……。

短い話ではあるが、ここには沢山の社会的課題が潜んでいる。
主軸となっているのは当然「父親から引き離すべき」だが、根底としてうつ病に対する社会の理解や、片親家庭の負担、ヤングケアラー(子供による親の介護)なども含められているからだ。

周囲にうつ病や片親の子はいなかったか?、それを蔑むようなことを言わなかったか?、障害のある親の手伝いをよくしていた子供はいなかったか?、大人になって親の介護をしたことがないか?

自分から遠いように見えて、要素に分解してしまうと「自分事」として捉えられるエピソードが多数ある。
これが『リエゾン』の魅力だろう。


「隣にいた誰か」へ

最終的にこの少女は、コンビニでお酒を万引きし、見つかってしまう。
未成年では買うことの出来ないアルコール飲料を盗もうとしたのは、お金がないからではなく、誰かに助けて欲しいからだった。
学校に行きたいのに、学校へ行くとうつ病で死んでしまうであろう父親。もうお父さんと暮らしたくない、というメッセージを誰かに伝えるためにお酒を盗もうとしたのだ。

主人公の「遠野志保」は反発する父親を、少女の将来のためになると伝え、一時保護に関して承諾させ、このエピソードは終わる。

もちろん小学生であろうと、万引きは犯罪である。
だが子供の万引き事件の背後に何があるのか、私たちはほとんど想像しない。子供の持つ判断能力を考えれば、何かがあるはずなのに、思い至らない。知識がないからだ。

おそらくそれは多くの社会問題にも言える。
社会問題の解決に必要なのは、想像に必要な知識と情報だ。

先に述べたように、この『リエゾン』は多くの精神疾患を患った患者を扱っている。
「発達障害」「不登校」「うつ病」……。これらの病を持った人は、きっとこれまでの人生で一度は目撃したことがあるはずだ。

その「隣にいた人」に対する想像力を持たせ、どう苦しんでいるのかの理解を助けるのがこのマンガの大きな魅力だと思う。


あなたも治療ができる

一般論として、精神疾患は誰にでも発症する可能性があるものだ。過労や身近な人の死、環境の変化で誰にでも起こりうる。子供も大人もだ。

そして多くの場合、絶対的な解決手段は存在しない。
薬物を使った治療も当然必要ではあるが、周囲の理解もそれ以上に大事だと言われている。

周囲の理解による療法に、天才はいらない。まずは相手を理解しようとすること。医療モノの定石である「天才医者」を出さないことで『リエゾン』はそれを伝えたいのではないだろうか。

医者でなくとも、知識を付けることで「誰か」の心を治癒できる。
当事者ならば、自身の心をより知ることができる。

『リエゾン』というマンガはこれからの人生を生きる、大きな糧になるはずだ。

作中で一番好きな台詞
人間という生き物は本質的に「他者の助け」がなければ生きることができない。それを端的に表した名シーンだと思う。(18巻 #159より)


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カタモト キザオ
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