はな と はな
クリスマスも押しせまった時分、仕事から帰宅すると自宅に見慣れぬ車が1台玄関に入ると見慣れぬ靴が大小2足。 奥のダイニングからはなにやらきゃっきゃと声が聞こえる。
いつも私が帰宅すると真っ先にお出迎えしてくれる、我が家のアイドル、黒いいんちきラブラドールレトリバー「はな」さんが迎えてくれない。 少し、不満を抱きつつダイニングに入るとそこには手入れされていないポメラニアンのような髪形をした人間が2人。
妹とその娘、つまり姪御だ。
姪御ははなさんが大好きで、来るたびに長い間一緒に遊び最後には連れて帰ると駄々をこねるのである。そのたびに妹から「おうちはマンションではなさんみたいな大きなわんこは一緒に暮らせないのよ、それにはなさんを連れて変えったらじぃじとばぁばが悲しむでしょう」などと言って諭すのである。
で、手入れされていないポメラニアン親子2人は何をしに来たのかはまだわからないが時期的に嫌な予感がする。
「兄ちゃん、この子にクリスマスプレゼントあげてよ」と手入れされていないポメラニアン大。 嫌な予感ズバリ的中。
「いやいや、我が家は敬虔な仏教徒で、クリスマスなぞは異教の神の生誕を祝う行事で我が家には似つかわしくない、まして私が幼少のころには、よい子にしていればサンタクロースというおじさんがプレゼントを持ってきてくれると教わったが、汝は母になってもまだそんなことすら娘に教えていないのか」
...と冗舌を垂れてみたがダメージすら与えられず、手入れのされていないポメラニアン小にまで、「サンタはサンタ、おいちゃんはおいちゃん」とわけのわかったようでわからない理屈をこねられしまいにはまわらない舌で、 「ぷれでんと、ぷれでんと」 と某入れ歯洗浄剤のようなアクセントで言いまわる始末で何やらそれはそれでかわいらしくもあったので
「あいや、わかった。ここはこのおいちゃんが汝ら一般庶民には思いもつかないような豪華なぷれでんとを差し上げよう」
と安請け合いをしてしまい、翌日、近所のショッピングモールへ出かけることになった。
で、翌日、私的にはおもちゃ屋へいって何かでかいぬいぐるみぐらいを買ってやれば、簡単に喜ぶだろう的発想でいたのだがその途中に思いもよらぬ落とし穴が待っていた。
ペットショップである。
店頭近くにはゲージが設けられその中では何頭かの子犬が遊んでいたのである。私も犬が好きなものなので、ついつい、手入れのされていないポメラニアン小に「ワンちゃんがいるよ~」などと言って中に入ってしまったのである。
私は、その中でもじたばたするフレンチブルが気に入りひとしきり遊んでやっていたのだが、手入れのされていないポメラニアン小は、豆柴がえらくお気に入りの様子で、ひたすら遊んでいた、そのうち店員さんに「この子のお名前はなんていうの?」とたずねだした。
すると、店員さんは、
「お名前はまだ決まってないけど、私たちははなちゃんって勝手によんでるよ」
とのたまったのである。
「はにゃ?」
手入れのされていないポメラニアン小は回らない舌で機敏に反応した。
「はにゃ、連れて帰る。ぷれでんと、はにゃ」
となんども繰り返すのである。
いやいやちょっと待てと。
クリスマスなどというイベントごとのプレゼントごときで尊き命を預かってよいものか、ましてや、幼子がプレゼントで要求する金額ではないぞ…と人間的道徳を必死で説いても相手は幼子なのでらちが明かない。
はたと思い出せば手入れのされていないポメラニアン親子はマンション住まいでペットは飼えないはず、ここは手入れのされていないポメラニアン大に小を説得させればうまくいくに違いないと名案がひらめいた。
早速、電話。
「もしもし、汝の娘が豆柴をどうしても買うといってきかないのだが、そちらの家はマンションでペットは飼えないだろうから上手く説得してくれ」と私。
若干食い気味で手入れのされていないポメラニアン大。 「うちのマンション、小さい犬くらいならOKよ、豆柴くらいだったら全然大丈夫よ。」
いやいや、そんな金額的にもあかんやろうというと、 「兄ちゃん昨夜、なんか庶民になわからん位豪華なプレゼントをしてやるといってたやんか、じゃあ、よろしく」
と電話を切られた。
ここ至って、抵抗すべき策を失った私は、店員さんに、まるで狂言か能の役者の様に、
「このこおぉ、くださいぃ」と苦悶の表情で告げるしかなかった。
その後、別室に招かれ犬を飼うべき注意事項を延々説明されるのであるが、その主人になるであろう手入れのされていないポメラニアン小は延々、豆柴と遊んでいるのである。
こうなると少し憎しみもわいてきて手入れのされていないポメラニアンというより実験に失敗した博士にも見えてくるのである。
結局、豆柴に付随して、リードやら首輪やら、おもちゃやら何やらを山ほど買わされ、当然手持ちの現金では足りず、カードで支払い、
「じゅ十二回払いで...」
とちょっとどもりながら会計する羽目になったのである。
豆柴を抱きしめながらきゃっきゃいいながら帰宅する、実験に失敗した博士小と意気消沈しうなだれ帰宅する私。
そんな2人を迎えてくれたのは我が家のはなさんだった。
はなさんは豆柴を見ても動揺することなく、優しく迎え入れ一緒に遊んでやっている。豆柴も初めての環境の中に自分と同じ生物がいたことに安堵したのか、はなさんにべったりである。
はたから見ていると微笑ましいのであるがそれが面白くないのが実験に失敗した博士小である。
「はにゃ、はにゃ」
と必死で豆柴を呼ぶのだが、やってくるのは我が家のはなさんである。 当然であろう、豆柴はまだ自分の名前が「はな」だとは認識していないのであるから。
で、はなさんは呼ばれる度に律儀に赴くのだがそのに、 「あんたじゃない、あっちのはにゃ!!」 と怒られすごすごと悲しそうな顔をして帰ってくるのである。
そのうち、我が家のはなさんは呼ばれるたびに、「私ですか?」的お伺いを立て、色よい返事をもらえないときは、テーブルの脚の陰から少し顔を出して様子をうかがうという悲しき態度を取るようになった。
で、実験に失敗した博士親子は、またそれが面白いらしく何度も「はにゃ、はにゃ」と呼んでは追い返すという愚行を繰り返し、「いっひっひひ」と二人で笑っているのである。 もうこうなってくると実験に失敗した博士というより、悪代官とそれに賄賂を贈る越後屋に見えてくる
最後には、はなさん専用のお布団を、「はにゃだから」というわけのわからない理由で豆柴に取られ、ソファで寝る羽目になったのである。 その夜、よほど悲しかったのであろうダイニングのソファからは、 「ふぉぉん、ふぉぉおん」 という我が家のはなさんの夜泣きする声が聞こえてきた。
翌日、悪代官と越後屋親子は豆柴を連れて去っていった。 まるで台風一過のように我が家は落ち着きを取り戻した。
帰宅した悪代官から連絡があり、豆柴は奴らの家に着くまで2回もどしたらしく車と服が汚物まみれになったということだった。 どうやら罰が当たったようだと、一人ほくそ笑み、ついでに悲しい思いをしたはなさんにもおやつのビスケットをいつもより2個多めに与えると、喜びのダンスを踊っていた。
その夜、はなさんは自分のもとへ戻ってきたお布団でぐっすり眠れたようだ。 「ぐおぉお、ぐおぉぉ」 と人のようないびきがはなさんのもとから聞こえてきた。