犬の話 はな

はなさんはわが家のアイドルのいんちきらぶらドールレトリバーの女の子。 なぜいんちきなのか?                         それは柴犬とゴールデンのミックスなのに、なんの遺伝子のいたずらか、真黒なラブラドールにしか見えない女の子で生まれてきたから。        尻尾だけがゴールデンの名残を残しているので、そのふさふさの尻尾を毎日母親が刈り込んでラブラドールへの偽装に余念がない。

はなさんは、とても賢いわんこででそして空気の読めるわんこ。      きっとそこら辺のコンビニでたむろしているバカガキなどはるかに凌駕するほど賢い。                               晴れた日には縁側で自分のお布団を干し、突然雨が降り出せば開け放たれている部屋の窓を閉めて回る、宅急便が来れば不在者通知を窓から受け取り、ダイニングの机に置く…数えればいとまがないくらいだ。           祖父が健在だったころ、脳梗塞で半身不随になってしゃべれなくなったころには、はなさんだけが祖父の人では理解できない言葉を理解して行動し、私たちはずいぶん助けれれたものだ。

そんなある意味、人智を超越したところがあるはなさんが唯一困った...というより途方に暮れた出来事がある。                    

嫁いだ妹が生まれて間もない娘を連れて帰ってきたときのことだ。

たまたま、私が休日で在宅だった。                   そこへ妹がやってきて、「歯がどうにも痛い、歯医者に行ってくるので1時間ほど娘を見ていてくれないか」と懇願する。               みるとすやすやよく眠っているので、まあ、よかろうと、安易に「ここは、兄にまかせ大船に乗ったつもりで治療をしてくるがよい」と送り出してやった。はなさんも、大丈夫というように元気に「ワン!!」と答えていた。    

妹の娘…つまりは私にとっての姪御はリビングのはなさんのお布団の隣にふぉうとんをひいてもらってすやすや眠っていた。...で、そのとなりではなさんもすやすや眠っていた。...で、私はソファに横になりTVを見ていた。    そのうち妹も帰ってくるだろうと思っていたが1時間たっても1時間半たっても帰ってこない、二時間に喃々としたときに私は現状に途方もなくあきてきた 。

で、それを打開するべくいろんな作戦を考え始めた、その中で一番魅力的な作戦は「コンビニへ行き、雑誌や新聞や駄菓子をかい、ソファでだらだら過ごす」というものだ。                          ただ、それには約15分ほど家を空けなければならないという障害が生じる。この障害を亡き者にせねば、妹に頼まれた姪御の面倒を見るという約束が果たせなくなる。そんな葛藤を繰り返しているとピンとひらめいた。     

はなさんがいる。

はなさんにまかせれば何とかなる、そのくらいの安定感が彼女にはあった。15分位だし、はなさんのスペックを考えればその間、姪御の面倒を見るくらい箱からものを取り出すくらい容易なことだろうと安易に考え、私ははなさんに「よろしく」と声をかけて出かけた。

はなさんもまた安易に「ワン!!」と答えて送り出してくれた。

はなさんの「ワン」は大丈夫の「ワン」                 これでもう一安心。と私は呑気にコンビニへいき、新聞を雑誌、それに駄菓子とペットボトルを購入し、帰路へ着いた。

帰宅途中、家の前に坂を上っている途中から、何やら泣き叫ぶ声が聞こえる。それは明らかに姪御の鳴き声だった。                  私は「どうしたはなさん、任務をほうきしたか?」などと考えながら、坂道を奪取した。 

玄関のドアを開け、ダイニングへ急ぐ。その間も姪御の泣き声は大きくなる一方だ。                                ダイニングの扉を開けると、そこには何とも間の抜けた光景が漂っていた。

泣き続ける、姪御の布団の周りには、はなさんの愛用のおもちゃが円を描くようにたくさん置かれ、姪御の頭のあたりでは、はなさんが途方に暮れた様子で、音が鳴るゴムボールを「ぷひぃ~ぷひぃ~」とひたすら鳴らしていたのだ。 

さすがのはなさんも泣く子には勝てないらしく、おもちゃで機嫌を取ろうとしたがどうにもうまくいかず、ゴムボールを演奏して何とかしようとしたところだったのだろう。

姪御ははなさんが大好きで、特にはなさんがゴムボールを鳴らしているのをみるときゃっきゃと喜ぶのでその姿を覚えていたに違いない。

はなさんは一所懸命考えそこにたどり着いたに違いない。

私はそこまで考えたはなさんは偉いと思ったが、その姿は何とも滑稽で爆笑してしまった。...が果たして、とりあえずは差し迫ったこの状況をなんとかせねばならない。

で、姪御を抱きかかえたり面白い顔をしたりして機嫌を取ってみるが一向に泣き止まない。しょうがないのでBGMだとあきらめて新聞を読み始めた。  その間もはなさんは姪御の周りをうろうろしてゴムボールを鳴らしてみたり、ぬいぐるみを振り回してみたり、手足をなめてみたりして機嫌を取っている 

しばらくして、妹が帰ってきた。

泣き続ける姪御。                           無視したように新聞を読む私。                     必死で機嫌をとるはなさん。                      

三者三様の姿をみて妹が一言。

「泥船やな。」                            さらに一言。                             「はなさんの足元にも及ばん。」                    

どうやら私についての感想らしい。                   まあ、何を言われてもしょうがない結果なのだが、子のいない私に子を綾瀬と言われてもそれは無理な相談だ。もっと早くに気が付くべきだったのだ、私も妹も。                                さすればはなさんもこんなに途方に暮れることもなかったに違いない。

はなさん、どうもすいませんでした。


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