第2話 博多ラーメン
「お好きな席へどうぞ〜」
店員は食券に素早く「かため」と書き込んで、厨房のスタッフに向かって元気な声で注文を復唱する。
昼時には少しだけ早い時間帯ということもあって店内はガラガラだった。でも、おひとり様という己の身分を弁えてカウンター席に座る。
重ねられたコップのタワーからひとつだけ抜き取り、お冷を注いだら、もうやることがなくなってしまった。ラーメンが来るのを待っている間、濡れたズボンの裾の水気をハンカチに吸わせてみる。
今年の梅雨はどうやら激しいみたい。傘を差してもアスファルトの上を容赦なく雨粒は跳ねた。トートバックを抱えるのがやっとの状態だったし、朝ご飯が早かったせいでお腹が悲鳴を上げていた。そんなとき、目の前にラーメン屋の黄色い看板と目が合ってしまった。自炊するつもりだったけれど、これはもう仕方ない。いくらでも言い訳が思いつくんだもの──そして、今に至る。
客が少ないということもあって、思ったよりも早く私のラーメンは運ばれてきた。
この店の一押しである博多ラーメン。湯気立つ豚骨スープにストレートの細麺、その上にチャーシュー、玉子、ネギ、味付き卵、きくらげがバランスよく配置されている。
私は薬味コーナーに手を伸ばす。ニンニクは食べすぎると胃が荒れてしまう体質なので、代わりに紅ショウガをたっぷりと乗せる。
割りばしが綺麗に割れたところで、手を合わせてからひとくち。
オーダーしたとおりのしっかりした硬い麺を啜ると、食欲のエンジンがかかった。そのままの勢いで、次は蓮華の先端に口づける。冷えた身体がスープで温まって鼻汁が出始める。多分、エンジンがドドドと動いて、鼻の奥で凍っていたものが解凍されたんだ。生理現象に勝手なイメージ映像を付け足しながら、ティッシュで鼻の下を拭う。
トロトロというより肉の繊維が味わえるタイプのチャーシューも頬張った。ほんのり色づいた白身と濃いオレンジの黄身は、ほろんと二つになった。少し油がきつくなってきたところで紅ショウガを混ぜながら、もう一度麺を啜る。ちょっと咳き込む。入れすぎた。
この店には何度か来たことがある。博多ラーメンだって初めてじゃない。
だけど、ぐちゃぐちゃに濡れた足を揺らしながら食べるラーメンがこんなにも美味しいだなんて知らなかった。またラーメンを食べる言い訳が生まれてしまった。困ったなぁ、と思いながらスープを飲み干した。