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第2話 コインランドリーとふたり②

 コインランドリーの駐車場は、雨ということもあって混んでいます。運よく1台分のスペースが空いたので、滑り込むことができました。

「奈子の日頃の行いが良かったからだね」
「お役に立てて光栄です」

 傘を差しながら、えっちらおっちらと布団を運びます。猛烈な熱気にお花の香りが混じっています。柔軟剤の香りでしょうか? 店の外壁を見るとダクトがいくつもあって、そこから噴き出しているようです。

 自動ドアを潜ると、店内はちゃんと冷房が効いていました。いつもならこういうとき、はぁ~涼しい~とか、声に出しちゃうのですが、それ以上に目を引くものがあったのです。

「わぁ、大きい!」

 入って正面にズラリと並ぶ丸い扉。これ全部が洗濯乾燥機だというのですから驚きです。

 ある扉の向こうでは泡だらけの重たそうな衣類が、ある扉の向こうではふわふわのタオルが軽やかにぐるぐると回っています。少し前に梨花ちゃんと一緒にみたSF映画のワンシーンみたい。

 基本は上下2列に扉があって、両端だけは他よりも大きな扉が1つだけあります。

「あれが敷布団用だよ」
「でも、誰か使っていますね」
「うん。待つしかないし、その間に布団を縛らなくちゃ」
「縛る?」

 店内の丁度真ん中に大きなテーブルがあって、他のお客さんが布団をカラフルなテープで縛っていました。ウチらもテーブルの一片をお借りして、ひとまず自分たちの布団を置きます。

 梨花ちゃんはスマートフォンでコインランドリーの公式サイトをチェックし始めました。どうやら結び方を調べているようです。

 ウチはその間にもう少しだけ辺りをキョロキョロ。
 靴が洗える洗濯機。その上には専用の乾燥機がついています。それから両替機も設置されていました。確かに、洗濯機には硬貨投入口しかないので、お札を崩したいお客もしますもんね。
 初めてのコインランドリーですから、見たことないものばかりでワクワクです。

「洗剤も機械の中に入っているのね」
「昔は持参だったよ。一応洗剤の販売機があったかな」

 プチ情報を披露してくれた梨花ちゃんは、いつの間にかウチの布団まで縛り終わっていました。

「思ったよりも簡単に縛れたよ」
「……」
「どうしたの?」
「……ウチもやってみたかった」
「あ……ごめん」

 まるで子どもが駄々をこねているように見えた方もいらっしゃると思います。しかし、これには深い理由があるのです。

 ウチは少し前に「人間教習所」で講習を受け、「ケモノ就労支援センター」の紹介でこの街へやってきました。支援を受けたケモノは、半年に一回、センターにレポートを提出する義務があります。内容は人間社会で触れた新たな物、文化、技術の報告です。報告した情報が、今後支援を受ける後輩たちに受け継がれるのです。

 そういう事情があって、梨花ちゃんは、ウチにとって新しい物はなるべく触れさせてくれるのですが、今回のように時々忘れちゃうことがあります。

「それなら、お金を入れるのはウチにさせてね」「うん」

 梨花ちゃんの眼鏡の奥で申し訳なさそうに揺れていた瞳が、ふわりと柔らかくなったように見えます。
 よかった、悪気があったわけじゃないのはわかるので、あまり責めるつもりはなかったのですが……梨花ちゃんはマジメなので気にしてしまうのです。

 準備が終わって、あとは順番が来るのを待つだけ。店内には他にもウチらと同じように待っているお客さんがいます。
 一つの扉からピーピーッと電子音が聞こえてきました。どうやら乾燥が終わったようです。
 すると、二人のお客さんが立ち上がります。一人は中から洗濯物を取り出し、去っていきました。もう一人は自分の洗濯物を入れて、お金を入れます。整理券が配られているわけでもないのに、お客さんたちはそれぞれで順番を守っているようです。すごいですね。

「昔は洗剤が持参だって言ってたけど、梨花ちゃんはコインランドリーをよく使っていたの?」

 さっき店から出た人が座っていたスペースに、今度はウチらは腰掛けます。

「いや、片手で数えられるくらいだよ。おじいちゃんと暮らしていた頃に洗濯機が壊れて、新しい洗濯機が来るまでお世話になっていたの」

「コインランドリーって頼れる助っ人なんだね」

 梨花ちゃんは、まだ抱っこが必要なくらい小さかった頃から、この街でおじいさんと暮らしていたそうです。なので、ウチと違って、人間生活のベテランですし、センターから支援を受けていないので、レポートの提出も必要ありません。

 ウチは梨花ちゃんから昔の暮らしの様子を聞くのが大好きです。憧れの生活の今だけでなく、過去を知れるのはありがたいですね。

「さっき洗濯機の扉が宇宙船のハッチに見えたの」「うん」
「ウチら、これから銀河へ旅立つのなぁってね」「……いいね、それ」

 そう言うと、梨花ちゃんはスマートフォンを取り出して親指をものすごい速さでスライドさせます。梨花ちゃんが前に言っていた「物語が生まれる瞬間」が訪れたようです。

 梨花ちゃんは作家の玉子で、毎日パソコンとにらめっこして指をカタカタと動かしたり、頭を抱えたりしています。

 物語が生まれる瞬間、梨花ちゃんの周りに漂う空気は、しんと静まり返るのです。

(今度はどんなお話になるのかな?)

 尊い物語の始まりが日常にあることを梨花ちゃんと暮らし始めて知りました。ウチはその瞬間に立ち会えることを幸運に思うのです。

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