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flower life

花なんか別に好きじゃなかった。
もっと言えば別に今も好きではない。

从 ゚∀从「じゃあなんでお花屋さんで働いてるんです?」

暦上何のイベントもない、ただの平日の水曜日、15時過ぎ。
閑古鳥の鳴くような店内、アイビーに霧吹きで水を吹きかけていた俺にバイトの子がそう問いかけてきた。

話の始まりは、暇のあまり生まれた何でもない雑談の中でバイトが呟いた
「店長はお花が好きですもんねぇ。」
という一言だった。

そう言われて、違和感しかなかった。
花が好きとか嫌いとか特に意識はしてなかったが、好きですもんねぇと言われてみると、
頭にすぐさま浮かんだのは「え?」とか「ん?」みたいな疑問を表す音だった。

('A`)「ってことはお前さん、花が好きだからここで働いてんの?」

疑問に疑問で返す。
ちょっと失礼だったか、と声を発してからの後追いで思考が追いついてきたものの、
バイトのきょとんとした表情を見るに、そんな風には感じなかったようだ。

从 ゚∀从「そうですよ。」

当たり前じゃん、みたいな口調。
え、そうなの?いや知らんけど。
唐揚げ食べるなら飲み物はもちろんハイボールじゃん、みたいな絶対的マイルールのような。
そんなことを世界の定理ですみたいな調子で言われましても。

从 ゚∀从「だって、花屋って何となくで選ぶ職業じゃなくないです?」

フラワーアレンジメントに使う鮮やかな黄色いダリアの茎の長さを整えながら、バイトは自論を述べる。

('A`)「んん〜、そうかねぇ。」

しかしその意見には同意しかねた。
だって実際、自分は何となく流れで花屋の店長になったもんだから。

('A`)「俺はさぁ、花をいじれるから花屋になっただけだし。」

カランコエの萎れ始めた葉をそっと摘みながら、その意見にやんわりと異を唱える。
バイトの方に目を向けていないので不確実なことではあるが、何とも納得し難いような声を発しているので、
多分今すっごくぶすくれた表情をしていることだろう。

从 ゚∀从「じゃあ店長が花と触れ合うようにきっかけって何だったんです。」

バイトは切りそろえた花を手にしたまま、俺のすぐ近くにきて顔を覗き込む。
こんな何でもない話にそこまでの興味を示されるたことが予想外で、少々面食らう。
きっと俺はギョッとした感情を顔に表してしまったんだろう、バイトが微かにニヤリと笑う。

この子はなんというか子供みたいで、悪戯好きだ。
俺があんまり表情豊かじゃないもんだから、びっくりさせて強制的にデフォルト感情からの脱線を狙ってくる。
俺が驚くと気分がいいらしい。いい性格してるよな。

きっかけ、と言われて考えてみる。
普段は開けないタンスの奥底を探るように。
ぶわりと埃が舞い、古臭い匂いが鼻先をかすめた気がした。

そうだ、花は俺が好きだったわけじゃない。

昔好きだった子が、植物の好きな女の子だった。
彼女の姿を思い浮かべる時、そこには必ず何らかの花が添えられる。
幼い頃はいつもジョウロを持って歩いていた。
だから俺は彼女のことを「ジョウロ」って呼んでいたんだ。
本当の名前は、もう忘れてしまった。

彼女は頼みもしないのに、いつだってその辺に咲いてる植物について説明してくれた。
ニコニコ笑って、とても楽しそうに。
俺はというときっと興味なさそうに、でも黙ってその話を聞いていた。
いや、嘘だ。聞いていなかった。
水と太陽をいっぱいに浴びて咲き誇る美しい花よりも、
彼女の可愛らしい笑顔の方がキラキラしてるなと、いつも見惚れていたんだ。

彼女のことが大好きだった俺は、よくわからないなりに花をプレゼントしたりした。
彼女が行きたいという植物園に一緒に行き、幸せそうに花を眺めるその姿を見ていた。
彼女にしか興味がないようでいて、そんな生活を長く続けるうちに、
俺は植物と触れ合う機会が多くなっていた。
きっかけらしいきっかけといえば、これなのかもしれない。

ちなみに、その幼い頃から抱き続けた淡い初恋がどうなったのかというと、実にありがちな結末だ。
彼女は親の仕事の関係で遠くへ引っ越すことになり、2人の関係はそこで終わった。

引越しの前日、彼女は別れの挨拶をしに俺の家へとやってきた。
これが最後になってしまうと思うと、顔を合わせるのが辛かった。
別れの言葉も、彼女の顔ももうろくに思い出せないけど、その時の感情だけはよく覚えている。

そして別れの言葉と共に、彼女は鉢植えをくれた。
丸っこくてピンク色の花が咲いていた。
そうだ、あの時彼女は花言葉を教えてくれて、俺は思わず泣いたんだっけ。
彼女の前ではいつだってカッコつけたくって、
それまで一度だって泣いたところを見せたことがなかったのに。
涙が止まらなくて、悔しくて、恥ずかしくて、寂しくて。

('A`)「さてなぁ、母親が趣味でやってたガーデニングに付き合わされてたからかもね。」

記憶のタンスに引き出しをぐっと押し込んで、現実に意識を戻す。
なんか色々思い出したけど、こんな照れ臭い話は人にするようなもんじゃない。

从 ゚∀从「え〜、絶対嘘だぁ。間の長さがその答えじゃ全く噛み合わないですもん。」

変なところで鋭いなぁと、思わず苦笑が漏れる。

店の入り口の方へ向かい、そこに置いてある日々草の鉢を覗き込む。
そっと花がらを摘み取り、時間と共にずれてしまった太陽の光がよくあたる位置に場所を移す。

俺の答えは全部が全部嘘ってわけでもない。
彼女にもらった花、ガーデニングが趣味の母に教わって大事に育てた。
そしてそれが枯れてしまった後、また何となく自分で花を買ってきて育てるようになった。
それが日常になった、それだけだった。

花なんか別に好きじゃなかった。

でも、花のない生活はきっと、まるで風鈴のない夏のような、
どっかの子供が作ったブサイクな雪だるまのない雪景色のような、
ちょっとだけ何かが足りない気がする風景なのだろうと、そんな気がした。

从 ゚∀从「私の予想では、元カノの趣味がいつの間にか自分の趣味になっちゃった系かなって思ったんですけど。」

数時間前より少し傾いた日の光が店の奥の方まで伸びていて、いつの間にかバイトが立っている位置まで届いていた。
鉢から顔を上げてそちらの方を見ると、オレンジがかった太陽の光がよく似合う顔でニッカリと笑っていた。
その眩しいような、ちょっとアホっぽい笑顔を見てると、俺までちょっと笑えた。

微かに漂うノスタルジックを吹き飛ばすような、そんな景色。

('A`)「さあ、どうだったかな。」

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