熱狂的に推していたバンドのファンクラブを辞めた話
そんなわけないや。一度ここまで好きになったのなら離れるなんて想像がつかないよ、とかつての私は本気で思っていた。私は一度好きになったものにはのめり込みやすい。このバンドも聴き始めて大体5年くらい。思春期の荒削りな感性や将来への不安、高揚感を一緒に乗りこなしてくれたバンドだ。お金も少し出せるようになったので、ライブに行ってはグッズも買っていた。音響にお金をかけ過ぎてグッズ代がないと赤字になるかも、夜逃げしちゃうかもと言っていたから。 何も疑うことなく、解散するまでずっとずっとファンクラブの一員として応援しようと思っていた。
やめちゃったワケ
一部のファンの民度が低すぎた。本当にしょうもない理由だ。それにファンのマナーが悪いこととFCを辞めることには何も因果関係がない。嫌なら見なければいい。それでも(当時の)私は嫌だった。
様々なオタクを掛け持ちしているが、このバンドのファンはかなり民度が高い。年齢層も高めで、たまに見かける若いファンも文学性の高い歌詞や世界観を味わいながら、深いトークが出来る人が多い。いつも感じるのは心地良さだ。
初めてライブに行った日、お台場のZeppにて。勝手が分からずフォトスポットを1人でウロチョロする私に「写真撮りましょうか」と声をかけてくれたお姉さん。カラオケで一緒に盛り上がった知人。海を泳ぐようにフロアで踊り合った、名前も知らない人。高校時代、「このバンド、いいよね。」と声をかけてくれて始まった友情。いっときのご縁でも結んでくれたメンバー、一緒に応援しているファンも丸ごと好きだった。だからこそ後述する一連の出来事に落胆した。
ただし、どこの界隈にもマナーが悪い人はいるし、界隈のルールを押し付けることでかえってこちらも有害になる。それだけは忘れないでいたい。
何に落胆したのか
プライベート(移動中)の声かけ。2ショットの投稿。たったそれだけ。
別界隈では迷惑行為をするファンを「サセン(私生活を追いかけ回すファン)」と呼び、空港での接触行為や座席情報の流出などが問題になっている。誰だって好きな人には振り向いてほしいのかもしれないけれど、同様にそっとしてほしい時はある。個人的なスタンスとして、偶然憧れの人に会えたら心の中にしまっておくくらいがちょうどいいのかなと思う。
件の投稿はSNSで流れてきた。メンバーからの認知を記録していて、愛の伝え方が気持ちオーバーなファンという認識だった。あ〜またやってんなこの人としか思わなかった。しかしながらアーティストのOFFだと思われる日、待ち伏せなのではないかといった疑惑。公式のスタッフからプライベートでの声かけを控える声明が出ていたことも相まって滝川ガレソ級の拡散はされなかったものの、ファンの中ではちょっとした炎上さわぎになっていた。
本人は「待ち伏せじゃないです!これで炎上するんだ。スタッフの注意喚起は知らなかったから気をつける」といったスタンスだった。本当に悪気はなかったのだろうし、思った以上に非難されたことに驚いているようにも見えた。
別のファンの人は「嬉しかったんだもんね。今はネット見ないでおこうね。」とフォローをしていた。
アーティスト側も突然街中に現れて歌ったりバレるまでチキンレースを開いたりする人なので、たぶん声をかけられるのは慣れているんだと思う。もしかしたらよくある日常の一コマだったのかな。本人のことは本人にしか分からないけれど。
ずるい
思えば、小さな頃から人に優しくしなさい、相手の気持ちを考えなさい、と言われて育った。もちろん人と話すことは好きだけれど、1人で何かをじっくり取り組むことも苦ではない。特に、人前に出る人なら1人の時間も大切にしたいんじゃないかな。そんなこんなで、仮に目の前で偶然芸能人が横切ったとしてもそっとしておきたいと思うようになった。
「私は『ルール』を守っているのにどうしてあなただけズルをして良い思いをするの?」
と小学生くらいの自分がふと顔を出した。私だって我慢してるのに、と。
もっと責められたらいいじゃない。もっと反省しなよ。ちょっと前にアイドルがファンに刺されたじゃない。取り巻きだって甘やかしてないで、注意しなよ。危ないんだから公式から出禁を食らったっていいのに。どうして、どうして。
ーーーストップ。他者との境界線に踏み込みすぎ。相手だって不特定多数から指摘されてさすがに気づいたでしょう。もしかしたらメンバーは気分を害したかもしれないけれど、あなたは勝手に制御して、傷ついているだけでしょう?
同時に、あなた(=私)は好きな人の安寧が第一だと思いながら、どこかで自分を覚えていてくれたらな、なんて思ってるでしょう。
それはそれで正直に認めて、持っていたっていい感情じゃない。
グッドバイ。
疲れてしまった。このマインドで会員限定のコンテンツや抽選に参加するのもライブに行くのもよくない気がする。お金をかけたって、必ずしもリターンは帰ってこないこともある。それでも良いと思うのも自由だし、それじゃ嫌だと離れるのも自由。ものを穿った見方をすると、かえって好きなものさえちゃんと見えなくなってしまうんだな。
しばらく離れよう。その方がいい。
こうして、その年の会員名義は更新しなかった。
箱が小さい会場でさえも、良い席は確約できそうな会員ステータスだった気がする。オリンピックが2回開催されるだけの期間、貯まったそこそこの会員ポイントは泡のように消えた。
暫くしてツアーの発表があった。うるさいファンのことも、モヤモヤした気持ちも幾らか小さくなって、またバンドのことが恋しくなった。
初めて参加したときと同じ、一般枠で申込をした。笑っちゃうくらい後ろの席だった。
その次のツアーは、全部外れた。
それでもバンドのことは、今でもちゃんと好きだ。認知欲とか執着は薄くなって、代わりに楽曲のを一音一音なぞるように聴き直したり、昔読んだきりの対談を読んだりもした。コロナ禍に買ったDVDを何回も繰り返し見た。冬に上映したライブ映画は3,800円を出して、良い音響と最前さながらの景色で作品をしみじみと味わった。
ライブ映像を見て思ったことを書いておこう。まず、水を得た魚のように踊るファンを見て安心した。同時に、ここ数年大変なときを乗り越えたボーカルの、憑き物が落ちた表情にも安堵した。妖艶な笑みと技術で圧倒するベース。緻密なリズムと癒しのキャラで会場を包むドラム。ここぞという時にソロを決め、メロディーラインを彩るギター。正確な指捌きと不思議な雰囲気がスパイスのキーボード。
当たり前な話だが、ファンクラブを辞めてもバンドは平等に音楽を降り注いでくれた。自分の熱量もそんなに減っていなかった。大好きな場所はここにあるじゃない、また自分のペースで推していけばいいよ。
そんな一魚民の、一つぶやきでした。
怪獣ツアー、どうか成功しますように!