影響を受けた漫画と人生のオーバーラップ
出会った順番に人格に影響を受けたであろう作品をつらつらと、
北斗の拳、聖闘士星矢、キン肉マンなどジャンプの王道アニメに正義の力ををまなび、紫龍になりたくて髪の毛を伸ばしていた小学低学年、そして三枚目のかっこよさを教えられたシティーハンター、ルパン三世。
そこから魔神英雄伝ワタル、天空戦記シュラト、ふしぎの海のナディアといった少しこじれる小学高学年から
再びジャンプ全盛期のドラゴンボール、幽遊白書、レベルE、SLAM DUNKをたしなみ、そして空前のヤンキー漫画ブームにろくでなしBluesや特攻の拓、クローズを読みながら、街の不良の生態を学ぶ。
この頃友人の兄弟などが持っている世代の違いによる新しい漫画に幅広く読み始める。ちょうどこの頃にツルモク独身寮やワタナベ、伊藤潤二先生の短編ホラー漫画にもトラウマを植え込まれた。
そんな折に出会った
おーい竜馬
後藤ーーっ その足をどけろーーーっ
幼少の竜馬の友達が大名行列に倒れ込んだせいで、その友達が理不尽に切捨てられ、腸が飛び散りながら倒れる描写にトラウマを植え付けられ、そこからの意地という言葉や、結ばれぬ相手と逢瀬を重ねるなど、オトナへの変遷を描きつつ、やがて明治維新に揺れる激動の時代を描いた、武田鉄矢原作の歴史漫画
これを読んで社会科の歴史の幕末は得意になれる。絵が苦手と言う人もいるがこのうますぎないアナログさが、良い意味で土っぽく、情に訴えられるものがあった。思春期の私に、生死、性、志、粋、憤り、義侠などおよそこの年令では至ることもない感情や感覚を受けた。中学生の頃に是非読んでもらいたいと思う。剣道の授業のときは切っ先を軽く揺らしていたのも思い出す。
この頃までは割とまっすぐな漫画が好きだったが、ここから中二病らしく少し陰鬱な影を好むようになってきたのはやむを得ない。
新・のぞき屋
人間の裏側をのぞく探偵という職業を通じて、人間の浅ましさや欲深さをエロティックにバイオレンスたっぷりに描いた作品。コミカルなトーンで描かれる3枚目の主人公たちと対比するかのような変態たちの戦いに、やっぱり最後は勝ってくれるところに安心しながら、今までの悪とはちがう、ちょうどバブルが弾けた社会の歪みから産まれてきたような、その人々の意識なき悪の存在に恐ろしさを感じさせられた。
ゴキブリをデパガに食わせるストーカーや、妊娠中の奥さんを見舞いに来た色んな旦那に関係を迫りまくる看護師、末期がんのゲイのおじさんと、家出して売りをして稼ぐノンケの美少年とのストックホルム症候群的関係など。今だと多くの漫画や映画などで出てきそうな偏執的な人物たちをうまく描いていたと思う。もちろんヤングサンデーで掲載している分、描かれる女性が生々しいエロティックさで思春期の脳天には直接突き刺さるものがあった。
このあと同じ作者が書く殺し屋1も有名で、更に過激にエロ&バイオレンスが炸裂するが、これはヤクザの話で少し遠い世界に感じるので、やはり新・のぞき屋が身近な変態はそぐ側にいるという点で影響を受けた漫画であろう。
そうした何かしら歪みを描いた作品が多くなったのか、好きになったのかここから、そういう漫画を一部好んで読むようになっていく。稲中卓球部、寄生獣、多重人格探偵サイコ、グラップラー刃牙(はギャグ漫画)などなど。。。うしおととら はちょっとジャンルは違うがとらに惚れたなぁ。(もう喰ったさ。。。)
そして少しずつサブカルやアートと言われるものにも惹かれていき、つげ義春や松本大洋などを読む自分に酔いしれていたと思う。
その中で読んでいたのが佐村弘明の
無限の住人
「思い出した…………あれは……あれは「畏怖」だ」
美大出身の漫画家ということもあり、見開きの絵や構図、格闘シーンの動きなどの描写に刺激を受けた。物語も途中まではありがちな仇討ちもので、キャラの強い敵が現れては倒していくものだが、後半に進むにつれて単純な善悪ではない三つ巴、四つ巴ともとれる様々な立場の正義(目的)の戦いに、キャラの一人一人に肩入れしてしまい、むしろ主人公の順位は低くなってしまうくらい。
台詞回しも知的で美しい表現が多く読む、見るともに魅せられた。(一応主人公は不老不死の体で斬られてもしなないというチートな性能ながらバンバン切り負けていき、能力モノのようでその設定はあまり関係のない物語だった)
が、佐村弘明はこの全28巻のネオ時代劇でもあるこの無限の住人のあとに発行される短編シリーズがどれもよかった。発行された時代は飛び飛びになるのだが、ハルシオン・ランチ、おひっこし、幻想ギネコグラシー。絵がうまいことはさることながら、ウィットに飛んだ(と思われる)ジョークや、舞台設定や、サブカル的な要素が随所に散りばめられ読みながら、なにかしら作者と言う人間に共感してしまう作品であった。(女囚サソリについて言及するシーンなど嬉しかったなぁ)
この3作品を並べたところで、どうもエロとバイオレンスとユーモアのバランスが好きなんだと思う。
こうした漫画を読みながらこの頃からはさらにアートっぽいに傾向し、カネコアツシや寺田克也といったイラストレーターのような漫画を買いながら見識を高めてるふうだった。妹の影響で岡崎京子や、矢沢あいや魚喃キリコなんかも読んでいた。
そこで新しい衝撃をうけたのが
GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊
劇場版押井守の攻殻機動隊。音楽が好きでクラブに通うようになっていたりで、ちょうどその頃音楽とアニメが融合する瞬間だった。エヴァや、ルパン三世などがクラブ音楽とフューチャーされるなか、攻殻機動隊の映像もクラブのVJたちがこぞって使っていた。
1995年に(原作は1989年)思い描いた2040年とかくらいの近未来の話が哲学的なテーマを持ちながら描かれていた。今思うとその世界に限りなく技術が近づいてきている。公開当時はそのネットの概念がまだ理解できず、なんども時をずらしつつ少しずつその世界観への理解を深めていった。電脳化、義体化(サイボーグ)、光学迷彩(ステルス)、コンピュータウィルスといった技術が生み出した、人間とは、私とは何なのか?という定義が曖昧になる未来に苦悩していく話
我思う故に我ありという自己認識している自分の記憶がたしかなものでない。脳も機械的な記憶装置と演算処理装置に置き換えられた時、自分の生身の脳みそを見れることもないわけで、自身の存在が絶対的なものではなくなるという話。家族を持たない男が奥さんと娘をもっていた疑似記憶を植え付けられ、共に過ごした家族であろう人が存在していないと告げられたシーンも恐ろしい。
相対する敵は、情報の海の中でうまれた意識の融合体が人格=魂のようなものを生み出す。魂が殻につつまれたというタイトルを表現している。まさにこれから起こりうるシンギュラリティの先にある予言的な作品。
続編というか同じ題材の違う世界線を描いた、STAND ALONE COMPKEXは人工AIが人間に近い感情や個性を獲得していく話でもある。早く私も電脳化されたいなと思う日々。
そうして映像や音楽が好きがこうじて、東京で映像の学校に通いながらカフェでバイトしはじめ、ITバブルの時代に突入する。今で言うアマゾンプライムやNetflixのようなネットを介して映画やアニメを見られるサービスを提供する会社で勤める。映像コンテンツを扱う部署で先述したSTAND ALONE COMPLEXを制作したプロダクションIGやアニマトリックスや松本大洋のピンポンを制作したstudio4℃など自分のすきな制作会社とも仕事ができた。
この頃には秋葉にメイド喫茶などができ、2ちゃんねるから産まれた電車男なども市民権を得はじめ、オタクや萌文化がメインストリームとして扱われてくるようになった。その折に今まで少し抵抗のあったアニメのものも見直す時期となり、エヴァンゲリオンや涼宮ハルヒの憂鬱などを嗜んだ。面白かった。
実は2つ離れた兄がおたくであった。思春期の頃は兄を毛嫌いしていた。その兄がエヴァンゲリオンにリアルタイムでハマっており、家にはエヴァグッズがてんこ盛りあった。あとはサクラ大戦や、レイアースとか。。。この萌文化とエヴァンゲリオンの面白さのおかげで兄と邂逅することもできた。
そうして、社会人になったときに初めて大人買いしたのはジョジョの奇妙な冒険
ジョジョの奇妙な冒険
小学生の頃散髪屋さんの置き本で、第一部を読んでいて、怖かった覚えがあったがそれ以降ジャンプの連載時も読んでいなかった。ちょうど第7部スティール・ボール・ランが始まった第三部→4部→1部→2部→5部まで文庫で揃え、6部はまだ文庫化されてなかったのでコミックスで買った。
おそらくジョジョは少年の頃読んでいてもあまり楽しくなかったかもしれない。大人になって毎日に疲れたサラリーマンには大河ドラマのようなスケールと、連綿と受け継がれる意思に元気をもらえた。大人になると陰鬱な出来事も多くなる。そんな中、暗い物語より勇気づけられるようなものが好ましかったんだと思う。また絵もうまかったのが読んでいて刺激的だった。その後しばらくして、ジョジョブームがやってきて、グッチやSPURといったブランドやアパレルとコラボしていく中で、そのアート的モチーフはさらに価値を高めていった。
好きな部はと聞かれると世界観は4部、変態のボス キラークイーンがかっこいい。読んでいて元気になるは5部。真実に向かおうとする黄金の精神やそれに贖わない眠れる奴隷など、活き活きと生きたいと思えるエッセンスがちりばめられていた。ここでも同じくギャングのボスより身近な狂人であるほうが面白いと感じている。
ここで更に大人買いした漫画
伊藤潤二
呪ってやる呪ってやるツタンカーメン
中学生の頃に数冊よんだ短編集が思い出されたのだ。幼い頃よんだホラー漫画だから怖かったのかなと本屋で文庫本を立ち読みしたら、風呂場の小さな排水口にねじられながら引き込まれていく「うめく排水管」を読んで全巻購入を決意。伊藤潤二先生の描く女性はどこか儚げで美しい。そしてホラー。出てくるキャラも少しユーモラスだったりもする。台詞回しもジョジョとまではいかないが独特で、エロ、グロ、ユーモアが絶妙に重なっている。
ホラー漫画をそれほどたくさん読んでいるわけではないのだが、描かれる設定や視点、観点に刺激をうけた。
HUNTER×HUNTERの作中でヒソカが狂人モードになるとき、伊藤潤二の最凶キャラと言っても過言ではないモデルの淵さんそっくりになり、モブキャラのセリフに走り書きで「淵っ!!いや ヒ、ヒソカ」というシーンがとても嬉しかった。
その他にもワンピースや、進撃の巨人、鬼滅の刃、キングダムといったブームになった漫画は読んでいるが、楽しめたという程度。脊髄は反応しなかった。
最後に語りたいのが
シンプソンズ
これも学生の頃BSかなんかでやってて好きで見てたのだが、大人になってDVDボックスを買い揃えた。エロもグロもユーモアもやっぱりある。
政治批判したり、社会風刺する面白さは日本の漫画やアニメではすくないし、LGBT、環境問題、宗教問題、秘密結社、陰謀論、資本主義への懐疑、移民と人種差別、今の日本になってようやく社会問題や語られるような題材が、20年以上も昔からアメリカではアニメになり皆の娯楽となっていることに輪をかけて驚いた。もちろん、アイロニカルな笑いが多いが、あまりひねくれすぎてないので前向きに笑える。
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