鬼おろしエピソード※料理の話です
食べ物の思い出ですぐ出てくるのは、私の愛すべき漫画たちだ。
昔、どなたかのエッセイで「食べ物が出てくると物語に深みが増す」という一文が衝撃的だった。
なるほど自分の好きな漫画はどの漫画も必ず食事シーンが盛り込まれていて、逆に食事シーンが一切ない漫画は文字通り味気ないものに感じられてしまっている。
長い物語の中に一度だけお茶会が入っているだけでも全体の雰囲気ががらりと変わる気がするのだ。
なので、ほぼ食事シーンしかない「グルメ漫画」だとかえってキャラクター達の個人情報は少ないのに誰よりもその人物のことを知っているような錯覚を起こしている。心地いい錯覚が好きでグルメ漫画は『大好物』だ。
漫画の中の食事シーンは大変魅力的だが、それだけでは自分がエピソードのない人間だと思われてしまう、と恐れた私は慌てて台所の引き出しを開けた。
「思い出の食事」は細かい泡のようなもので一つ一つは長く語れないけれど、調理用具なら一つ一つ思い入れがあるぞ、と思ったのだ。
今回は隅っこに目に入った「鬼おろし」の話をする。
「鬼おろし」
皆さんは聞いたことあるだろうか。
知らない人はちょっと画像検索してみてください。
はい、その地獄の獄卒が使ってそうな見た目のもので間違いありません。
栃木県は名物「しもつかれ」という料理に使うので栃木には高確率でスーパー・ホームセンターにおいてある竹状の巨大なおろし器である。
これを大根・人参に使うのだが、いかんせん味に癖があるので若い世代で作る人はあまり見たことがない。
かくいう私も家で「しもつかれ」を作ったことはありません。
じゃあなんであるの?
そもそも事の発端は料理漫画「おせん」に出てきたこと。
主人公の一升庵の女将おせんは小股の切れ上がったいい女という言葉がぴったりの粋な人で、何度か「鬼おろしで大根下ろしてでやんす!」と作中で言っていたのだ。
そのあとポン酢につけて鴨料理の薬味として使っていた。
衝動的に欲しくなってしまった。
幸いなことに生まれも育ちも栃木県。
欲しいと思った次の日にはうちの台所に来ていた。
大根の薄皮を剥いてがりがりと削る。
目が粗いのであっという間に出来上がる。
下ろしの中にポン酢をドバドバ注ぐ。
ご飯にかけて食べる。
辛い。
舌が痺れるくらい辛い。
それもそのはず、大根は先の方が辛いのだ。
そのうえ汁も入れたから最高に辛かった。
でも旨い。
癖になる旨さ。
脂っぽさをうまくカバーし、バリバリと心地いい音を響かせる。
普通の下ろしとはいっそ全く違う料理だった。
以来みそ汁や鍋に入れたり、きのこと雪平鍋に入れて一煮立ちさせたりと様々な用途で活躍することになった。
さて、元々「おせん」で思い出した「鬼おろし」。
「おせん」の舞台は基本東京なので「一般的なのかも?」と思った私は秋田出身の夫に確認すると「いや、初めて見た」とのこと。
「知っているけど持ってないのかも」と思いつつ「知っていたらすみません」と手紙を書いて送った。
すぐに「知らねーよ!(笑)」との突込みが戻ってきた。よかった。ダブったらどうしようかと思っていた。
秋田の父も母も妹もそれぞれ博識なので一般的ではないらしい。
栃木名物「しもつかれ」は家庭料理だし珍味に近いので地域から出なかったのかもしれない。
でも「鬼おろし」は広めたい。
広めたい「鬼おろし」ですら漫画の思い出に大分引っ張られているので、私のツイッターはまずバズりません。
なのでこの記事を見た人が興味持ったらいいなあと思っている。