人間卒業

2023.11.12
今日、人間を辞めた。 

東京都内某所に、
自分専用の付け牙を作り上げてくれる店がある。
通称「牙師」
と呼ばれる彼は、
第一印象で恐い人かと思ったが、
話してみると気さくで、とても面白い人だった。

そもそも、
私が彼の店を訪れたきっかけは
もう10年ほど前に遡る。
私は当時中学生で、
きゃりーぱみゅぱみゅ氏がCMキャラクターを務めた
GUのCMを今でもよく覚えている。
ファッションモンスターがテーマ曲として使用され、
牙を剥いたきゃりー氏が次々に一般人に噛み付いていき、
噛まれた人達も皆きゃりー氏にそっくりのファッションモンスターになってしまう…
という内容だ。
そのきゃりー氏の付け牙を作ったのが彼だった。
詳細はあまりよく覚えてはいないが、
放課後、自営業だった父の事務所へ真っ先に行き、
パソコンを借りてネットサーフィンをするのが
当時の日課だった私は、
ふと何か思い立ってきゃりー氏の牙について調べ、
出てきたサイトや記事やらで彼の存在を知って以来
その事が頭から離れなくなった。
私もいつか東京へ行ったら、
牙を作ってもらおう。
そう強く心に決めてから10年間、
私の頭の片隅には常に牙師さんの事があった。

あ、
待てよ。
10年どころじゃないや。
自分がこんなにも牙を好きになったきっかけは
もっと昔だった。
それは小学4年生のときに
遊ぶ友人もいなくて休み時間がとてつもなく暇になり、
「暇だ〜」
と、もたれかかった学級本棚から
ガサッと1冊の本が落ちてきたことに始まる。
慌てて拾い上げタイトルを見ると
ダレン・シャン
と書いてある。
「どうせ暇だし読んでみるか」
と思ってページを捲ったが最後、
あの瞬間が私の人生の大きな起点となった
と言っても過言ではない。
ドハマりしたダレン・シャンシリーズから
自分もこんな本を作りたい!
となって挿絵画家orブックデザイナーを目指すことになったし、
一気に吸血鬼ものに心臓を掴まれて
数多の作品を見漁った。
先述の父のパソコンでも、
HELLSING OVAを一時期毎日鑑賞していたし、
吸血鬼ものの漫画やアニメ、映画などがあったら
脊髄反射で観まくった。
私は猫を愛する民でもあるが、
いつからか
欠伸した猫の口から覗く牙を見ては、
いいな〜
と羨望の眼差しを向けるようにもなっていた。
そんなこんなで、
かくして、こんな人間が出来上がったのである。
子供の頃に触れる作品内容の重要性が分かる。
こういうのを世間では、
性癖が歪んだ瞬間と言うのかもしれない。

そこへ来てのきゃりー氏の牙だ。
気にならないはずがない。
彼は世界に一人しかいない、
最高峰の牙師だ。
それは調べれば調べるほど分かった。
しかし同時に、
なんか気難しい人っぽいことも分かり、
めでたく上京してきた学生時代では、
なかなか勇気が出ず
予約するまでいかなかった。
が、
このたび、
色々吹っ切れたので
機は今ぞ!!
とついに予約を入れたのだ。

そうして当日。
軽い問診の後、
目の前で自分だけの牙制作が始まった。
牙師さんと雑談しながら、
素晴らしい手際でみるみるうちに形作られていく
牙の制作作業を見つめるのは全く飽きなかった。
私は過蓋咬合という
噛み合わせが少し特殊なため、
牙が作れるか当初は一抹の不安があったが、
彼は全く問題ないと言ってくれた。

そしてとうとう、
私に牙が生えた。
生まれつき生えていたかのように、
なんの違和感もなく。
ごくごく自然に。
手渡された鏡を見た瞬間、
なぜか
中学時代の自分や思い出が
一気にフラッシュバックした。
私は、
中学生の自分に言ってやりたくなったのだ。
「夢叶ったよ」と。

牙師さんが、診察券を手渡すとき
「人間卒業おめでとうございます!」
と言ってくれ、
私は
ありがとうございまぁーす!!
と笑った。
15:40頃から施術開始し、
終わったのが19:20と、その間
牙師さんとたくさんお話したが、
別れ際に
「人間襲わないようにして下さいよ」
「あいつら、チョォ〜〜!弱いッスから」
と言ってククッと悪戯っぽく笑ってくれたのが
特に印象に残っている。
あと、
「帰路につくときニヤニヤして不審者がられないよう気を付けて!」
と言われ、
気を付けます!
と返したそばから
気付いたら都会の夜道を
ニヤニヤしながら歩いていた。
最高の気分だ。

世界には様々な人がいて、
その中に
牙を持つ者たち
が存在している。
私もその一人に仲間入りして。
牙が生えた
それだけで、
なんか、とてもワクワクする。
自分に関わる全ての人達に対して、
最大の秘密を持ったようだ。
梶井基次郎の『檸檬』に近い
気持ちかもしれない。

手の中でひとり転がす秘密という爆弾は、
病を完治させる力を持っている。
人間卒業おめでとう、自分。

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