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あれ、ギリギリにやり遂げるという麻薬の中毒になっていた

締切を13分前に終えた女が、脈拍おさまらぬまま書き記しnote。

締切をギリギリに提出を終える。 

この快感をあなたは、知っているだろうか。

締切がどんどん近づく。1分の速さがどんどん速くなる。

脈拍がぐんぐん上がる。集中力はぐいぐい研ぎ澄まされる。

締切に間に合うか間に合わないかのハラハラ。

震え出した指で、ジャストに提出。

滑り込み!セーフ!

締切のゴールテープをギリギリで切ったあとのランナーズハイ。

アドレナリンがドクンドクンと出てくる。

モンスターエナジードリンクを100本飲んだっけというくらいに

眠気が吹き飛ぶ。

あとはもう、ひたすら体力が尽きるまでハイを満喫する。

ちなみに、あくまでランナーズハイは長距離のすえだ。締切1分前から頑張り出すのでは、だめなのだ。少なくとも3時間前くらいから追い込んでいくペース配分だと、これが経験できる、はず。睡眠不足が重なっていると、より効果が期待できる。

私は、この快感の中毒者だ。

小学校の夏休みの宿題(最終日に1ヶ月分の日記を創作)から、大学の卒論(提出日前日から執筆)、就活のES(締切時間ジャスト提出がデフォ)、確かにすべてギリギリで生きてきた。

ただ、会社に入ってからは、仕事の資料は、わんこそば並のはやさで、提出する。会社では、自分ひとりの締切日ではなく、チームの締切日だからだ。まわりに迷惑をかけたくない。むしろ仕事のはやさで一目置かれていたりする。

つまり、ここで重要なのは、別にやろうと思えば、いくらでも提出日前に余裕を持って終わらせることもできる、ということである。

実際、恐ろしいことに、今回、わざとギリギリをつくっていた自分がいた。

締切の2時間前とかに、「あ、これもう余裕だな」と思うと、ペースダウンするのだ。そして、ギリギリになるペースに調整し、最後のギリギリをダッシュで駆け抜けなければいけないレース配分にしてしまうのだ。

やればできる、などといったが、私のギリギリはもうすでに私の人生を支配しているのかもしれない。

提出物の質なんかよりも、このギリギリから得られる快感のために、

詰めの甘いものを出しちゃったということよりも、この達成感だけを胸に、

提出のための提出を繰り返し、私は本当に納得できるものをこのまま

一生出せないのではないか...。

しかし、ギリギリで出してしまったことよりも、ギリギリだけど出せたことが記憶される。

ギリギリでの苦労よりも、快楽が体に残る。

いくらDone is better than perfectといえど、

このギリギリの繰り返しに成長はあるのか...。

ギリギリの中毒性については、引き続き、被験者として研究を続けたい。


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