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『ティール組織』と4歳児について

阿呆であることはほこらしいのではないだろうか? そんなことを昨日(4月26日)に思った。多様性をうたいながら、むしろ多様性を否定する言動をしていることに気がつかない人々がいる世界で、ある種のルネッサンス(再生)を自分に起こすべきなのではないだろうか? とぼくは考えている。楽しいを追求し、友達と友達を引き合わせることになにも考えずに挑み、全く持って生意気で、そしてなおかつ自分が世界の支配者であると信じていた、世界は自分の味方だとむやみに信じていた4歳児のころに。

そう書いてみると書いた張本人にはわかるのだけど、なんとも狭い世界で幼少期は生きていたのだなと思う。先日道端でスミレだろうか? 青い小さな花を見た。ぼくが4歳だった頃にその花を見たならそこまで小さいとは思わなかっただろうと思う。ああ、ぼくはあの頃よりもずいぶん背が高くなったし、今も成長しているかもだし(ここ数年で2センチくらい伸びたよ)、知性は伸び盛りの育ち盛りだからやっぱり4歳当時よりも小さく見えてしまうくらい大きくなったのかもしれないと思った。

『ティール組織』(著:フレデリック・ラルー、訳:鈴木立哉 2018 英治出版)によると、人間の発達段階にはいくつかのパラダイムがあるそうだ。デジタル大辞泉によると、「ある時代に支配的な物の考え方・認識の枠組み。規範。」(https://kotobank.jp/word/パラダイム-7460) がパラダイムの意味なんだって。当初のホモ・サピエンスは受動型のパラダイムに生きていて、小さい世界で限られた人数で過ごしていた。他人と自分を区別することはなく、自分=世界と考えていた。4才児であったぼくの世界認識はそんなレベルだったわけだ。知り合いの脳神経内科医によると死を理解するのがだいたい10歳くらいとのこと。年齢が上がるにつれてぼくらはたくさんの知識と共に色々な怖れと向き合うことになる。

だってさ、家庭はその家庭によるのかもしれないけれど、学校だってさ部活だって、職場だってだいたい「恐怖」が跳梁跋扈していてデカイ面してのっしのっしと歩いてるでしょ。トラブルをものすごく怖がってさ。

ぼくらは恐怖から逃げるために、不安を打ち消すためにいろいろ統制した世界に生きているわけ。トラブルのほとんどは人間が起こすわけだから、不安を打ち消すためにぼくらは相手に不信感を抱きつつグループで行動しているんだ。

『ティール組織』って本は、不信ではなく信頼にもとづく組織について書いてる。ある意味世界は自分の敵ではなく味方として考えるってことなんだろうけど。これって今の世界の本流からは外れているアイデアであり、組織でもあると思う。だって、先に書いたように、世界は「恐怖」が跳梁跋扈しているから。
この本を読んで思ったのは世界を自分の見方とする「信頼」がもたらす影響力。「信頼する」からこそ上司が不要になり、それぞれのアイデアや行動がどんどん仕事に反映されて、物事が進んでいくってこと。

最近「アジャイル」というカタカナを見ることがあって、なんじゃこれ? って思ってたのだけど、アジャイルって「迅速」って意味なんだって。不信にもとづいた大半の組織だと、上司の許可をとって、またさらに上司がその上の上司に許可を取らないといけないとかあるでしょ。めっちゃ時間かかるやん。
でも、信頼にもとづく組織は関係者に助言をもらいつつ、すぐに行動に移せる仕組みを作れるので、数ヶ月も許可を待つ必要はなくすぐに実行できるし改善できる。本当にアジャイル(迅速)に実行するには信頼にもとづいた組織じゃないと無理って思った。

「信頼にもとづいた組織って? えっ? 人は間違いをするし他人を騙そうとするじゃないか!」って思うのが普通だけれど、信頼にもとづいた組織であっても不信にもとづいた組織であっても不祥事や失敗が起こるときは起こる。

信頼にもとづいた組織ってのは自分たちの失敗の共有も早いし、隠蔽しなくていいから課題がすぐに明らかになる。明らかになった課題について、組織の関連メンバーが様々なアイデアを出したり、協力を募ったりと不信にもとづいた組織では難しいことがかんたんにできる。

昔ぼくは4年ほどコミュティを運営していたけれど、その時は運営メンバーと一般メンバーで隔たりがあった。建前として、階層がない組織であったのだけど、運営メンバーがそのやりとりを隠したことで、運営メンバーと運営メンバー以外とやっぱり隔たりができてたんだ。ぼくは何度か、運営メンバーでやりとりしている内容も全て公開していいんじゃないかと運営メンバーに提案したけど、却下になった。なんで却下になったかって言うと、やっぱりぼくもその他の運営メンバーも不信と統制の世界の常識に囚われていたからだろうな。『ティール組織』を読んで、自分が考えていた方向性が誤っていなかったことがわかった。

ぼくはぼくをルネッサンス(再生)したい思うておる。ふてぶてしい4歳児だったあの頃のように世界を味方にしたい・・・できるかな〜。わからん。やってみてから考えよう。。。



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