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トランスジェンダーというカルト①

配偶者や恋人に違う一面があるとわかったとき、他人は決まって「なぜ気づかなかったのか」と言う。元夫から「ずっと女性になりたかった」と言われたときは、私もそう思った。なぜ気づかなかったのだろう、と。

そのとき、私は必死で考えた。たしかにそう言われてみると、彼に違和感を覚える場面はいくつかあった。彼は生粋のイングランド人で、大学を卒業して一般企業に就職した一般人だったが、私と出会うまでは、一度も恋人がいたことがなかった。30歳手前で恋人がいたことがないと聞いたときは少し驚いたが、彼は高校までずっと男子校に通っていた上、タバコもタトゥーもしない、ゲームと乗り物が好きなオタク、いわゆる陰キャだったので、私はまぁそんなこともあるかと聞き流した。私も当時、ちゃんとした恋人がいたことはなかったし、社交的ではない分、彼の気が利く優しさに惹かれた。例えば、悩みを打ち明けると、「男性的」に事実だけを捉えるのではなく、共感力のある返事をくれる。男性は感情を共有したがらない生き物だと思っていた私は、彼のスキルを意外に感じたが、単にシャイな分、人の気持ちに寄り添える優しい人なのだと思っていた。しかし、カムアウトされたとき、あれは彼の中にある「女性的」な部分だったのではないか?と、ふと思いだした。そのくらい、彼は私の気持ちに寄り添ってくれたのだ。

彼は見た目的にもすごく男っぽい方ではなかった。暑い日に上半身裸で歩いたり、ジムで筋トレをするようなタイプではなく、ひょろっとした痩せ型だった。もしかして、と思い、歩き方や立ち振る舞いを用心深く監視してみたりもしたが、ゲイっぽさはなかった。なにより、私と出会った頃は、美容院が嫌いで髪は伸ばしっぱなし、肌が弱いから髭は伸びっぱなしでホームレスのようだったので、単に面倒くさがりの出不精なのだと当時は結論づけた。正直、彼に男らしさを感じるところは皆無で、例えば、一緒に行った店で店員に不誠実な対応をされても、その場で何も言えずに店を出てから不満を言うような人だった。その一方で、「男らしさ」には拘るというアンバランスさをよく見た。これに関しては次の記事で詳しく触れる。

彼が私に対して抱いていた不満は、一貫して金のことだった。交際を始めたとき、私はまだ大学生で、デートのときの金銭的負担は圧倒的に彼の方が大きかったし、それは結婚・移住後もさほど変わらなかった。移住直後はビザの関係で就労できず、ろくに日本で社会人経験もなかったので、当然仕事探しにも苦労した。やっと見つけたオフィス仕事も最低賃金で、手取りは微々たるものだった。日本もそうだと思うが、英国もほとんどの家庭は子供がいなくても共働きでないと暮らしていけない。その不平等さが彼の中で積もって行ったことは、私は当時もはっきりと感じていたものの、結局、夫のカムアウト前に私の収入が平均基準を満たすことはなかった。

私は田舎のゴリゴリの保守的な家庭で生まれ育ったが、中学生の頃には既に世の中の性差に疑問を抱いていた。当時は感情ばかりが頭のなかでぐるぐるして言葉にできずに、大学に入りフェミニズムを学ぶと、ようやく徐々に自分の気持ちを表現できるようになった。彼と交際し始めてからも、なぜ世の中はこうなんだとよく嘆いていた。地元にいた頃は、女が家庭内で強いられる無償労働やペイギャップ、ジェンダーロールの押しつけ、性暴力に対する世間のセカンドレイプなどに対する憤りは、普通の人は感じないし、自分の考え方が異端なのだとずっと思い込んでいた私は、女性学の知識を身に付けてから、それまでため込んでいた鬱憤が爆発する形で、彼が日本人ではないことも手伝い、息をするように性差別への怒りをこぼしていた。さらに家族問題で精神的に不安定だったこともあり、頻繁に自殺願望などを口にしていた。並大抵のひとでは付き合いきれなかったと思うし、今でもよくあの状態の私と付き合ってくれたと思っている。

しかし、彼の中では「男が金銭的な負担を担っているのに、どうして女が虐げられていると思っているのか」といったような不満が溜まっていたに違いない。いわゆる女性の強さを強調するようなポップソングを耳に挟むと、「こんなこと男が歌ったら批判だらけだろうね」などと皮肉をよく言っていた。イギリス人との会話は皮肉がベースということもあり、彼が男らしい人ではないことを知っていた私は、また女々しいことを言ってると受け流していた。

彼が格差に納得していないことは私も十分承知していたが、今でもどうすれば良かったかはわからない。多少キツくても、ナイトシフトなどの給料の良い仕事をするべきだったのか?少ない手取りをもとに、もっと節約するべきだったのか?彼の方が生活費の負担は大きかったものの、私が彼の不満に100%共感できなかった理由は、彼の浪費が多かった点だ。婚約旅行のときに私が頼んでもいない高級ホテルを予約して後から文句を言ったり、使っていない沢山の有料アプリをずるずる契約していたり、ろくに調べもしないで割高な料金を払ったりと、地味に苛立つことが多かった。お金を出してもらっている分、家事はすべて私がやっていたこともあり、これは完全な不平等なのか?と疑問に思っていた。

カムアウトがなかったら結婚生活は続いてたと思うか、と聞かれたら、私はノーと答えるだろう。あの生活をずっと続けていた自信はない。一人暮らしに戻り、仕事や家事が自分だけのものになり、改めて自分はそもそも結婚生活に向いているタイプではないと実感した上、子供のいない夫婦のしがらみ、離婚しない、できない理由はほぼないと思う。それでも、今でも出会った当時と同じ彼と一緒にいたらどうなっていたか、と時々想像する。あれは間違いなく本当の恋愛だったし、彼を愛していた。だが、私が愛していた彼がそもそも存在していなかったら?

私が彼から女になりたいと言われたのは、結婚して4年経ったときだった。

(次の記事に続く↓)



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