とあるバンドマンの官能夜話 ~第八夜~
貧乏ミュージシャン
私が学生の頃、1980年頃のお話しですから、今から35年程前の話ですが、当時バンドマンと言うのはとても貧乏なのが当たり前でした。特にプロを目指すミュージシャン達はジャンルに関係なく、楽器や機材、スタジオ代に収入のほとんどを持って行かれて、おまけに長髪だったりクリクリのカーリーヘヤーだったり、ロック系の人は金髪、紫髪、ピンク髪で、バイト先も限定されて、ほとんどの人は低収入、家がお金持ちでない人は女のヒモか、もう少し上品な言葉で言うならお金持ちのおばさんのパトロンを見つけるかしないと、とても喰っていけるような状態ではありませんでした。
当時私は大学生で、色々なアルバイトをしながらバンドマンの仕事もしていましたが、バンドの仕事先で出逢う、当時の私よりもずっと歳上のミュージシャン達は、その当時大卒初任給が114,500円の時代に「今月F万(4万円)で生活せなあかんわ~」と言うようなレベルでしたので、現在の大卒初任給が20万円とすると現在の金銭感覚で約7万円で1ヶ月暮らさなければならないような生活レベルだったと思います。
横道にそれますが、バンドマン用語で数字は1から順にCDEFGA(H)Bオクターブとドイツ語読みするのが習わしで、最近はあまりこう言うバンドマンと接する機会が少ないのですが、それでもたまに打ち上げの割り勘金額を「一人G千(ゲーセン)ね」とか言う人が居ると、何だか居心地が良い気持ちになります。他にも言葉を逆さまにしたり省略すると言うのもありますが、逆さまの更に逆の省略形とかもあって、あまり度が過ぎると何言ってるのかよくわからないことになってしまいます。
昔、これは酷いな~と思ったのは、外人のことを「ジンガイ」と言うのは普通なのですが、それに対して日本人のことを「ポンニチ」と言うのが一般的ですが、あまりに一般的なので、それを更にひっくり返し、省略して「ン~ポ」とか言ってる人がいました。こうなるともうバンドマン同士でもわからなくなってしまいますね。他にうけたのが「カメムシ」のことを「オイニムシ」って言う女の子が居て、なるほどと感心しながらゲラゲラ笑ったのを覚えています。
さて、そんなミュージシャンのフトコロ事情ですが、最近ではプロを目指す人達と、きちんとした本業を持っていて、遊びとして音楽を楽しんでいるアマチュア指向の人達の間ではハッキリとした差があるように感じられます。
プロを目指す人達は、35年前とあまり変わらずに、ほとんどの人が貧乏だと思います。まぁ何事も例外はありますので、俺はお金持ちだと言う人も居るでしょうが。一方アマチュア指向の皆さんは、それぞれ本業を持たれていて「衣食足りて・・」と言う状況の方が多いのではないでしょうか。
先日、いつも利用しているスタジオのオーナーさんの自宅スタジオに、プロの方とジャズ系のセッションが出来るからと呼ばれて、内容をあまり確認せずに行ったのですが、そのプロの方と言うのは都心の有名楽器店のギター教室で講師をされている方で、大阪では割と名前が通っている方でした。
そして、その生徒さんが5名ほど見えられていましたが、それぞれの方がかなり高価な楽器を抱えているのに驚きました。その楽器だけを見ると、凄い連中が来ているな~と言う印象で、「今日は自分の出番はあまりないな」と思っていましたが、まず生徒さん達がそれぞれ発表会形式で、先生と、連れて来られていたプロのベースの方と、練習してきた曲をセッションすると言う形で始まりました。音を聴いてみると、ほとんどの方が初心者レベルで、リズムに乗るのもやっとと言う感じで、アドリブどころではなかったので、ちょっとずっこけそうになりました。
先生も若い先生でしたが、生徒さん達の年齢層は20代~30歳位までの方ばかりで、大学時代に軽音楽部などでジャズを経験したと言う訳でもなさそうなレベルの方ばかりでしたので、社会人になってギター「でも」始めようかと言うことで、高価なギターを買って、飾っておくのもアレなので楽器店に併設された教室に通い始めたと言う感じかなと思いました。
振り返ってみると、自分自身もかなり高価なギターを抱えてセッションに臨みましたので、最初に先生にギターを褒められてしまいましたが、たぶん私が生徒さんに感じたことと同じ種類のことを、その先生も私に感じたのだと思います。趣味・道楽の世界は道具に拘るのは当たり前、経済力が許せば家を抵当に入れてでも道楽につぎ込むのが男の生きる道と言う訳です。
この傾向は、最近特に歳を取って音楽をやっている人に多い傾向らしいです。昔よりも簡単にカード払いやローンを使えるようになったと言うこともあるかもしれませんが、若い頃に買えなかった憧れの楽器を一生の友として購入する方も多いと聞きます。退職後の楽しみと言う向きもあるのでしょうが、退職まで待たずに今すぐ始めればと思います。
以前にバンドのメンバー募集の掲示板で応募して来た方で、退職後にエレクトーンを習い始めて何級かを取ったので、譜面も読めるし、弾けますと言う方が来られていましたが、重い楽器を持ってこられてセッティングして少し演奏し始めたのに、私達の演奏を聴いて「全体のレベルが自分よりも高いので、今日は聴くだけにします」と演奏を止められ、その後バンドへの参加を辞退されました。
何事もきちんとされた方で、プライドが高い方だと感じていましたが、お互いアマチュアですから出来る範囲のことを出し合って、お互いを高められるような着地点を探すことも出来たと思うのですが、人前で下手な演奏はしたくないと言う気持ちの方が強かったのかもしれません。たぶん生真面目な方で足を引っ張りたくないと言う思いもあったのかと思います。
このあたりは各人の性格的な部分も多いとは思いますが、定年後と言わず、思い立ったが吉日、今すぐ奥様に内緒でローンを組んで、一番欲しい楽器を買って、一日でも早く練習を始めた方が楽しい人生を送れること確実だと思います。
第八夜 完