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格闘家のドーピングと神経系トレーニング -木村ミノルに想う-


はじめに

昨日有名格闘技団体「RIZIN」より6月24日の試合に出場しKO勝利した木村フィリップミノル選手の試合当日検査結果により禁止薬物「クレンブテロール」が発見されたとして、同試合は無効試合、同選手に罰金並びに半年間の出場停止の処罰が下されることを発表しました。

今回はその件について自身も武術・格闘技の修行を50年間続け、また「格闘技指導者」であり、現在でも多くの格闘家の「フィジカルトレーニング」を担当するトレーナーである私岩沢が個人的な見解を書きます。
(この文章はあくまでも私個人の見解であり、医学的なアドバイスを含むものではありません)

使用薬物「クレンブテロール」とは?

マッチョなアスリートのドーピングと聞くと「タンパク同化ステロイド」による筋肥大、筋力増強を思い浮かべる方も多いかもしれませんが「クレンブテロール」は非ステロイドで本来は気管支を拡張して喘息の症状を緩和などに用いられる薬物です。

しかし「ホルモン剤ではない」と言うだけで、効果としての「運動能力向上」や「代謝の向上」と副作用としてのリスクを伴うため、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)をはじめ世界のアンチドーピング機構では禁止薬物に指定されています。

クレンブテロールの運動能力への影響

1.脂肪燃焼

クレンブテロールは脂肪細胞内の脂肪酸代謝を増加させ、脂肪の分解と燃焼を促進します。
これにより、体脂肪を減少させ、体重を減らす効果があります。

2.筋肉の質的向上

クレンブテロールは一部の報告によれば、筋肉の質を向上させる作用があるとされています。
これは突然変異型筋線維の増加と呼ばれ、クレンブテロール使用の場合、特に筋肉の中で遅筋線維(slow-twitch fibers)や優位な遅筋線維(type I fibers)の増加を引き起こすことが報告されています。
これらの線維は持久力に貢献し、パフォーマンス向上に寄与します。

3.気管支拡張

元々は喘息治療に使用される薬物であり、気管支拡張作用があります。
これにより、呼吸が楽になり、持久力が向上する可能性があります。

クレンブテロールの健康リスク

1.心血管系の影響

クレンブテロールは心拍数を増加させ、血圧を上昇させることがあります。これは心臓への負担を増大させ、心血管系の合併症を引き起こす可能性があります。

2.不安や振戦

中枢神経系への作用により、不安感や手の震えなどの神経系の副作用が生じることがあります。

3.睡眠障害

クレンブテロールは興奮作用を持つため、睡眠障害や不眠症のリスクが増加することがあります。

4.筋肉痛

一部の人には筋肉痛が報告されています。

5.代謝の変化

代謝が変化することにより、体温上昇や発汗が増加することがあります。

6.依存性

クレンブテロールの濫用は依存性があるとされ、中毒症状が生じることがあります。

私見:トレーニング効果

上記のように格闘家、特に階級別競技の格闘家にとって「非ステロイド剤」である「クレンブテロール」はある意味競技特性にあったドーピングではあります。
しかし禁止薬物ですから絶対に許されるものではありません。

ただ木村選手の外見上の肉体とパンチのパワーから「禁止薬物を使ってあれだけ筋肉をつけたからアンフェアだ」と考えるとすると問題の本質は見えてこないでしょう。

重要なのは「クレンブテロール」を使用したことにより、練習の質と量に変化が生じた可能性が高いということです。

そこで打撃における神経系トレーニングについて簡単に説明します。

打撃における神経系トレーニング

打撃のパワーやスピードを高めるためには「神経系トレーニング」が重要です。
例えば陸上の選手が脚の回転のスピードを上げるために、自動車やバイクに引っ張られたり、空気抵抗をなくすために後部にシールドをつけた自動車の後ろを走り、自力よりも少し速いスピードで走る練習をしているのを見たことがあるかもしれません。
これらは筋肉に作用すると言うより、筋肉の収縮の仕方を「脳と神経に刷り込む」神経系のトレーニングです。

打撃においてもこのトレーニングは重要です。
細かい方法はここでは述べませんが、ウエイトトレーニングなどで強化した筋肉に対して、打撃技術と結びつけながら神経系の配列を変えるような方法で、打撃のスピード、パワー、そしてフォームを変化させます。

しかしそのためにはできるだけ体力的にも神経的にもフレッシュな状態を維持しながら、時間を懸けて取り組む必要があります。

木村選手の場合

そういった目で昨年からの木村選手のパンチのスピードと威力を見ると、明らかに以前より増しているのがわかります。

これは彼が長時間に渡る「パンチの威力の増強のためのトレーニング」に取り組んできたからでしょう。

つまり多くの格闘家と比較して「薬を使って楽をしてあの体とパワーを手に入れたからアンフェア」なのではなく、もしかしたら彼は薬物を使う以前よりももっとハードに練習とトレーニングに取り組んできたはずです。

問題の本質

ここまで読んでくださった方はもう気づいているでしょう。
そう、「クレンブテロール」の作用によって彼は通常よりもキツい練習やトレーニングに長時間、高頻度で取り組むことができたのです。
その練習によってさらにパンチ力が増強されたように私には見えました。

木村選手の心の闇

ここからはあくまでも私の妄想・憶測にしか過ぎません。
昨日の会見で私は木村選手の言動から、その胸の内について幾つかの感想を得ました。

1.問題のすり替え

彼は「ハードで長時間の練習によって競技能力が向上したこと」がわかっていたのではないでしょうか?
会見での木村選手の謝罪の冒頭でも途中の質問への回答でも
「減量で代謝を上げるために使った」
という表現を使っていました。
さらに
「試合に出られるかわからない時のトレーニングに対するモチベーション向上のため」
「自分にとって体を作ることは重要」
など競技能力向上ではなく「筋肉」に話をすり替えていた印象を受けました。
そうすることで「競技能力を高めるために使ったのではなく、筋肉のために使った」と印象付けようとしていたように感じたのです。
でもそれは逆に言えば
「クレンブテロールの使用が練習の量と質を高め競技能力を向上させた」自覚があったのではないでしょうか?

2.自己肯定感

あくまでも妄想ですが昨日の木村選手の発言や表情からは
「でもその競技能力が向上したのは以前よりもキツい練習に取り組んだからだ」
「禁止薬物で副作用もあるかも知れないが、オレはそれらを全部分かった上で覚悟を持って使ったんだ」
そんな心の声が聞こえる気がしました。

そのさらに深層には
・RIZIN以外の「巌流島」や「knockout」はドーピング検査がないし、大体業界の噂で「やってるな」とは思いながらあえて確認しないで俺を使ったし。
・格闘技に懸けているから俺はあえて自分を犠牲にしてドーピングをやったんだ。
と思っていたように感じてしまったのです。

だからこそ彼は「反省と謝罪の弁」を述べましたが、心の底から反省しているとは思えませんでした。

特に対戦相手に対しては
・でも結局俺の方が強い
・俺の方が犠牲を払って覚悟を持って試合をしたんだ
と思っているのではないか?と妄想してしまいました。

でもこれは
・忙しく寝る間も無く働く人が覚醒剤で覚醒してその仕事をやり遂げる
・大麻などで神経が通常ではない状態だからこそ書けた名曲

などと同じ理屈です。

結論

しかもこれは格闘競技です。
格闘競技は競技そのものが「死の危険」と隣り合わせ。
だからこそその競技ごとに厳格なルールを決めて、お互いがそのルールの中で戦うという約束事の中で強さを競い合う。
喧嘩でもなく路上の最強でもなく、殺し合いをある一定のルールに基づいて整備したスポーツです。
だからこそ勇気を持ってその場に立つもの同士「同志」のような信頼関係が成り立った上で、それでも「擬似的」に「殺し合う」のが格闘技だと、僕個人は思っています。

単に自分だけが「自己犠牲」を伴う「薬物使用」とそれに伴う「競技能力の向上」を図り、それを達成し相手を叩きのめし、そして見つかったから罰を受ける。

そんなメンタリティの人ばかりになったら「格闘」と言う人同士の争いごとを「競技スポーツ」としたその構造そのものが成り立たなくなるのです。

人の考え方、価値観はそれぞれです。
しかし今現在の彼のメンタリティのままだとしたら、もう2度と見たくはありません。

きっと昨日の会見を見てもどこか彼の「手段を選ばず、自分を犠牲にしても強くなることを求めるスタイル」に共感する若者がいるかも知れません。

いや、その後の宇佐美 パトリック選手の発言を聞いても一定数いるのは間違いない。

それがかっこいいのか?
そんな世の中でいいのか?

僕はそうとは思えません。

だからこそ私見ですが、この問題の本質を考える人が一人でもいればと、このnoteを書きました。

最後までお読みくださった方。
心から感謝いたします。




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