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1人目を見たのは俺が大学2年生の時だった。
おかしな事がおきている。俺の目の前に俺がいる。鏡に映った自分ではない。俺がいる。俺の姿をしている。着ている服も似ている。背丈も大体一緒だ。ドッペルゲンガーというやつなのか。でも影がある。赤信号待ちしている横断歩道の向こう側に立っている。俺と目が合う。向こう側から視線を送られている気がした。ドッペルゲンガーは2回見たら死ぬ、って誰かが言ってた。「リーチ」という言葉が聴こえてきた気がした。風がそっと背中を叩くように吹いた。あの視線に、意味はあるのか。その視線を遮るように目の前を大型トラックが通過していった。青信号に変わる。もう1人の俺は向こう側にいなかった。景色が引き裂かれた感じがした。
2人目を見たのは24歳の夏だった。
渋谷WWWのフロアで揉みくちゃになった後に、バーカウンターに行きドリンク交換をした。プラスチックカップに申し訳無い程度に注がれたスクリュードライバーを片手にフロアに戻ってステージの写真を撮った。たまにふと「ここはどこだろう?俺は誰だ?」って記憶喪失でもないのにこの感覚に陥る事がある。そして我に帰って深呼吸をして、俺は俺であってたった今この世を生きている、と実感する。ライブハウスはいつだって俺は生きていると確かめられる場所だ。そのライブハウスのフロアに若い男女がステージをバックにを自撮りをしている。写真を撮り終わると女の方が浮かれた感じで床を蹴りながら踊り始めた。終演後のフロアで客は俺とその若い男女と他数名しか残っておらず間もなくフロア清掃するから出口へ誘導するアナウンスがされるところだった。その男の方を見ると、まるで俺に似た何かだった。何か、というと人間じゃないのかって話だが、俺に似ているというよりはもう1人の俺がいたので酷く動揺した。4年くらい前にも1回このような事があった。そして今回でドッペルゲンガーと2度目の遭遇だ。死ぬかもしれない。すぐ帰ろう。スクリュードライバーを飲み干し、氷も口へと流し込み奥歯で噛み砕いた。1人目を見た時の事を思い出す。別にトラウマという訳では無いし、寧ろ記憶から抹消されていたはずだった。WWWの階段を駆け上がっている時にふと足が止まった。1人目は近づく前にいなくなってしまったが、2人目はまだ近い距離にいける、話しかけられる距離にいけるぞ、と思いさっきの男女を探したが、もういなくなっていた。景色が引き裂かれた感じがした。
帰りに兆楽で豚しゃぶ炒飯を食べた。そしたらさっきのライブハウスで見た男女が入ってきて、なんと俺の席の隣に座った。ただどんどん男の方との距離が近づくたびに視界が歪んだ。背丈は俺なんかよりも一回りも二回りも大きいツキノワグマかってくらいの格闘家体型で顔も似ても似つかなかった。全くの別人だった。俺が見ていたのは何だったのか。女とライブハウスへ行く事への強い憧れが写した投影か。俺はスティグマ。心が弱い。果たして克服できるのか。ほんの数十分前。俺の目の前で燦然と輝いていたメロディー、ロックンロール、叫びが俺の五臓六腑へ染み渡り余韻へと浸っていくはずだったのに。俺は帽子を取り、髪を掻きむしって温い水を一気に飲み干した。隣に座ったその男に声をかけようとしたが俺とは似ても似つかない別人だった事をようやく冷静に理解して、やめた。男は餃子とルースー炒飯を頼んでいた。女は瓶ビールを注いでいた。俺は帰りの電車を確かめるためスマホを開いた。