エイプリルフール
「新年度早々、嘘をつく気分はどうだい?」俺が彼女にそう言ったのは別に皮肉ではない。俺は普段嘘ばかりついている。そんな奴ほどエイプリルフールという今日くらいは嘘つかないでおこうと思うのだ。彼女に最後に送った一文は「嘘を隠すな」だった。喧嘩をした訳ではない。ただ彼女が嘘をつくたびに、彼女の中に「空白」ができていた気がしたので、止めようという意味で伝えた。
彼女は今日とうとう帰って来なかった。帰ってくる事を祈って、玄関を開けたままにして彼女が好きなアクアパッツァを作った。味見をしたら初めて作った割には嘘みたいに美味しかった。これは「良い嘘」に当てはまるのだろうか。「嘘みたいな出来事」に遭遇しても、あまりいい反応ができない。それは俺と彼女の共通点でもあった。ふと玄関先に目をやると、赤い首輪をつけた犬が座っていた。俺のマンションはペット禁止なので、飼い主はこのマンションの住人ではないことはすぐ察した。彼女も帰ってこないので30分くらい犬の相手をした。犬は遊んでもらった礼にその場で放尿して、1日(ついたち)だけに「ワン」と吠えてどこかへと走っていった。
朝5時にふと目が覚めて横を見ると彼女が寝ていた。彼女の手首には犬がつけてた首輪と全く同じ赤い色の腕輪がされていた。腕輪の隙間から肌が見えた。手首に引っ掻いたような傷があり、その傷を隠すかのように腕輪がされていた。彼女が目を覚ましたらその傷よ話をしてくれるだろうか。それとも「空白」が待っているのだろうか。そうなったら「空白」を埋めるのは俺しかいない。しかし時に現実は厳しい。俺にも「空白」があったのだ。俺は普段嘘ばかりついている。気づいた時には「空白」が誰にも埋めれないくらいの物になっていた。寝ている彼女の横顔を見つめ、着替えもせずに外へと出た。誰にも見抜けない嘘は、そのままどこへ向かうのだろうか。