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Buzz-In

目が覚めてSNSを覗いたら昨日何気なく投稿した内容がバズっていた。通知欄は知らないアカウントからの反応で埋め尽くされていて、おかしなことが起きていると思った。「いいんですか、こんなのがバズっても」という自分からすれば中身も無いようなものだったので「ちょっと、落ち着いてください皆さん」という他人事のような気持ちになった。
今日も労働。ロッカールームで作業服に着替えている最中もSNSの通知を知らせるバイブ音が30秒感覚くらいで鳴った。大丈夫なのだろうか。労働前にバッグからフリスクを一粒取り出して口に放りこんだ。息をはくとミントの匂いを纏った息が鼻を刺激した。今日は労働が暇で従業員みんなのお茶を俺が汲むくらいの余裕があった。
あっという間に昼休憩の時間になった。昼食は大体3つの選択肢があって、自分で弁当とか作って持ってくるか、車で10分ほど走ったところにあるセイコーマートまで買いに行くか、職場の対面にある中華料理屋へ食べに行くか。中華料理屋は田舎にあるのが勿体無いくらいどの料理も美味しく、特にレバーニラ炒め定食が人気だ。レバニラでもニラレバでもなくレバーニラだ。そういう表記なのだから仕方がない。今日は同じ班で作業をしている山田さん(62歳・仮名)に連れられて中華料理屋へ行った。山田さんは「貴様は中学生なのか?」ってくらい下ネタが好きで、特に巨乳には目がない。経理担当の女の子がお気に入りらしくて「いやらしすぎるだろ、経理の子。巨乳が過ぎるって。俺はあの子が神社で巫女さんのバイトしてた頃から知ってるけどその時から巨乳だったからな。ちんぽがウズウズするな。俺は悪くないぞ。巨乳が悪いのだ。」みたいなのを料理が運ばれてくる間も俺に言ってきた。俺はこの人が気持ち悪かろうが一向に構わないが、経理の女の子からしたら失礼極まりないし嫌だろうな。「鼻血が出るから」と山田さんはいつもこの店でレバーニラ定食を食べていた。この人の奢りなので俺はこれ以上何も文句を言える立場にないが、正当なセクハラとなると話が違ってくる。「待たせたな」と店主がレバーニラ定食を運んできた。2人はカウンター席に横並びで座り会話もなく黙々と食べ始めた。元気が出る味がした。
ある程度食べたところで山田さんが「これ、知ってっか?」と俺にスマホの画面を見せてきた。画面には俺のバズった投稿が映し出されていた。俺が投稿者だから知っているに決まってる。「まあ、はい」とスープを啜りながら答えた。「一般人も何気ない投稿でこうやって注目されるんだからすごい時代だよな。
「有名人は"おはよう"と投稿するだけで1万くらいは"いいね"がつきますけどね」
「ただ、この人の投稿に有名人も結構反応してるぞ」と言われて、俺も自分のスマホでバズった投稿を確認した。するとイケメンのモデルや芸人やグラビアアイドルとかから反応がきていて、とんでもない事になってるなと感じた。カッコいい人とか面白い人とかエロい人が俺の「なんてこったない投稿」を支持している。何がきっかけでここまでの反響となっているのかも分からなかった。Googleで俺の投稿に反応してくれた芸能人の方々を検索していたら昼休憩が終わりそうだったので、立ち上がってセルフサービスの水をゴクゴク飲んで職場へと戻った。
その日の夜、俺は大学時代の友人の義昭(仮名)と久しぶりに会って軽く酒を飲んだ。義昭は銀行に勤めながら週末はバンド活動をしていた。最初はアイアン・メイデンとかドリーム・シアターとか昔のハード・ロックやメタルとかのコピーをしていたが今はオリジナル曲を制作してライブ活動しているようだった。
「銀行員のままだったら将来は安泰なんだけど、なんていうかつまらないというか、刺激が足りないんだよね。だから俺のバンドを色んな人に見てもらいたいって今は思ってる」とジントニックを飲みながら真面目に語った。義昭のバンドを聴いたことあるがカッコよかった。義昭のバンドこそがバズるべきだと思う。「なんてこったない投稿」がバズって「流行ってほしいと信じてるもの」がバズらない。世の中は不思議で難しい世界だ。飲み屋で食べたローストビーフが美味しかったので写真を撮ってSNSへ投稿した。これも「なんてこったない投稿」の一つだ。「飯テロ」だなんて反応も有名人が投稿すれば、その飲食店を特定する人とかもいる。恐ろしい。それこそテロに似たような行為だ。深夜、飲み屋から出たらゲリラ豪雨に襲われた。俺はどんぐりみたいな色の傘を差して帰ったが、雨の勢いは凄くずぶ濡れとなった。
翌朝、俺は玄関のポストに物が投函される音で目が覚めた。昨日バズった投稿に反応してくれたグラビアアイドルのDVDをお急ぎ便で取り寄せたのが早くもきた。そしてSNSを覗くと昨日投稿したローストビーフの写真は全く反応が無かった。面白いことなど俺には言えない。