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恋愛体質:date

『雅水と唯十』


2.hanger-on

「ちょっとあなた! こいつの保護者でしょ。職場に押しかけてくるとか信じらんないんだけど」
雅水まさみ友也ともなりの顔を見るなり捲し立て、重そうなトートバッグをカウンター席におろした。

いきなりの訪問、いきなりの怒号に目を丸くする友也。
「なんでおまえらふたり?」
「それはごもっともな意見だと思うわ」
最近顔について離れない、雅水の愛想笑い。

「金曜だし、大人だし、せっかく知り合ったんだから、一杯の付き合いくらいは」
しれっと背後からやってきた唯十ゆいとは、場違いなところに置かれたトートバッグの隣に腰かけた。
「これ、この態度よ!」
未だ呆けている友也に訴える。
「いいから座れば。一杯ぐらい奢るから」
との唯十の言葉にどの面下げて、と言いたいところ。だが。
「当然よ」
そこで初めて雅水はトートバッグを椅子のすぐ前に置かれた籠の中におろし、ようやっと腰を落ち着けた。

「放課後とはいえ、わたしは職務中なわけ。あんた、学校とかやたらとは入れないんだからね」
「いや、入ってないでしょ。金網越しに声援を…」
「ばっかじゃないの!」
「てか、声大きい。ここ、大人のBARだから」
言われてあたりを見回す雅水。
「確かに、高そう」
「そこ!? ホント、あんたって面白いね」

「ホントに先生してんだ」
見たことのない雅水の、おくれ毛いっぽん許されないといったひとつ結びの髪型や、普段からは全く想像のつかないリクルートスーツに別人と言われたら気づかないと微笑する友也。
「えぇ、意外でしょうけど」
おしぼりを受け取る。
「なに飲む? かわいいの?」
「あ~その皮肉で現実に戻るわ」
言いながら雅水はきつく結ばれた髪ゴムを外し、襟足当たりを両手でほぐすと再びゆるく束ね直し「ジンライム」と発した。
「あ、ぼくもー」
「かしこまりました」

「そもそもなんで、あんたがあそこにいたのよ」
間髪入れずに唯十に噛みつく。
「びっくりしすぎて声も出なかったわ」
まさかわざわざ調べたのか、と続けようとして目を見張る。
「ぼく、卒業生」
「え?」
「あの坂下りたところの不動産屋さん、うちの系列だし」
「うっそ。あの公民館の隣?」
「そう。公民館の隣。で、ぼくんちは学校からず~っと上の方」
「信じらんない」
「書類取りに行ったついでに実家に荷物取りに寄って、そう言えばだれかさんは学校の先生だったな~と思って寄り道してたら、聞いたことのある甲高い声が」
「信じらんない」
「ね、びっくり」
「そうじゃなくて、寄り道とかしないでよ」
「うはっ。先生はつげーん」
「そうじゃなくて。余計なことするからこんなことになるんでしょー」
流されるままについてきた自分の立場を訴える。

「ねーねーユウヤさん『にしむらあさお』って知ってます?」
「ぶはっ」
「なんだよ雅水、きたねーなー」
「にしむらあさお? 知らないな。古賀さんの知り合い?」
そこは黙ってスルーしたいところだが、そうもいかなそうだ。
「テレビドラマの登場人物よ」
おしぼりで口元を抑えながら小さく口ごもる。
「へぇ」
「なにおまえ、理想の相手とか言ってテレビのキャラクター?」
言いながら唯十はスマートフォンで検索する。
「キャラクターじゃない。登場人物!」
「うわ。なんか危なそうなキャラ。これじゃ街コン行っても相手なんか見つからないわけだ」
そう言ってスマートフォンを友也に見せる。
「そうじゃなくて! もう。子ども相手の言い訳になにを」
「言い訳にしたってこれはどうなの」
おもしろそうにスマートフォンの画面を向ける。
「父なの」
「え? このひとが?」
「そうじゃなくて、父に似てるのよ。その、彼が」
「雅水の父ってやくざなの?」
「違うわよ。ただ昔、やんちゃしてたってだけ」
「やんちゃ」
「へぇ。ひとは見かけによらないってこのことだな」
それまで静観していた友也の表情が緩んだ瞬間だった。



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たゆ・たうひと
いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです