シンデレラコンプレックス
第1話 『乙女は薄目を開けて王子を待つ』5
「来るつもりじゃなかったのに…」
聞こえるほどの声は出さなかった。なのに、
「余計なお世話だよね」
「え?」
「オレが君をここに連れてくることも…」
「あぁ、そんな」
愛想笑いをしている場合ではなかった。
「君がオレに、ナナ江のことをとやかく言うのも」
「えっ…」
とても冷ややかな声に胸を突かれ、途端に顔が紅潮した。
「ユナ?」
そんな店先のわたしたちにタイミングよく声を掛けたのは、心配そうな顔をした店長の彼女。
「ナナ江ちゃん…」
わたしの顔は強張ってはいないだろうか。とっさに頬に手を当てた。
「今帰り?」
「う…ん」
声を掛けられなければ、帰るつもりでいた。
「今、下で偶然会ってね」
そう言って店長は、わたしの肩を軽くかすめ、なにごともなかったかのようにカウンター内に入っていった。
ナナ江ちゃんと話すときは、随分と恐持てな声で話すのね。
少しそれが引っ掛かったけれど、反面ムカついた。
(こいつ…)
なにもかも解っているような顔で、しれっとナナ江ちゃんの肩に触れバックヤードに消える。
わたしの肩を小突き、ナナ江ちゃんの肩にやさしく触れることでその差を見せつけるように、それが「大人の余裕」だとでもいうように!
「やっぱりこいつ、嫌い!」
そしてわたしは見逃さなかった。その時小さく微笑んで、店長を見上げたナナ江ちゃんの顔が、本当の意味で「女になった」ことを示していたことを。
「レポートの出来はどうだったの?」
「え? あぁ、うん。結局、再提出だったよ」
結局、嘘をつく羽目になった。
いつもは「いなければいい」と思っていた店長だけれど、今日だけはこの場からいなくなって欲しくなかった。
「なんだか妬けちゃうな」
「え?」
「店長とユナ、並んで歩いてると違和感なかったから」
「は…そんな」
ナナ江ちゃんはびっくりするくらいに女の子の顔をしていた。
(ヤキモチ…!?)
「やだ、変なこと言った。ごめんね」
「ナナ江ちゃん。本当に、好きなんだね」
(あいつのこと…)
「え?」
「そ~んなハートの目をして見てたら、ふたりのこと『突っ込んでください』って言ってるみたいだよ」
気に入らない相手ではあるけれど、そんなにかわいい顔をされたら、認めざるを得ないじゃないか。
「やだ。からかわないで」
試しにわたしは、小声でささやいた。
「ナナ江ちゃん。…あいつと、したでしょ」
「ユナ!?」
ナナ江ちゃんはみるみる赤くなって、わたしの口を覆った。
「おーい」
バックヤードから指摘されるほど、ナナ江ちゃんの声は大きく響いていたようだ。
「す、すみません」
ちょっと怒ったような目で、でも、本気で怒っているわけではないことは解っていた。
「ごめーん。…でも、恋ってすごいね」
どうか、わたしの顔が苦笑いでないことを祈ります。
でもきっと「恋は盲目」を全力でまっしぐらなナナ江ちゃんには、どんな微妙な顔をしていても気づかれはしない確信はあった。
(そうかぁ…ナナ江ちゃんは)
ナナ江ちゃんとわたしの共通点がどんどんなくなっていくような気がした。