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恋愛体質:date

『桃子と重音』


5.meal

「あの日はすまなかった」

話があると言っていた。
席に着くなり頭を下げるということは、やっぱりあのキスはその場のノリだったということだろう……か。

「そんな風に謝られたら」
自然と顔がうなだれる。
「だが、悪いとは思っていない」
(え?)
「いや。いきなりで悪いことをしたとは思うが、後悔はしていない」

視線が熱い。
「あの時はそうしたいと思った。おまえが、あまりに」
かわいくて、といったその顔があまりにも真顔だったのでますます顔を上げられなくなってしまった。

待ち合わせの駅前のロータリーに着いたのは、待ち合わせの時間ギリギリだった。
時間には余裕があった。その日はなにごともなくスムーズに仕事が進み、いつもなら10分20分軽く過ぎてしまう帰宅時間も、思いのほか早く上がれた。約束の駅まで15分。各駅に乗っても20分。約束の時間には全然余裕で着くことができた。
電車に乗るまでは平気だった。だが最寄り駅に着いた途端怖気づいてしまい、まっすぐトイレへと向かった。化粧直しをし、髪をまとめたりほどいてみたり撫でつけたりを繰り返し、結局ハーフアップに落ち着いた。そうして何度も身なりを整えるうち、時間ギリギリになってしまったのだ。

自分が思う以上に緊張していた。

車は黒いミニバンだと言っていた。車に詳しくはない桃子とうこだが、なんとなくピカピカな車を探せばいいかなという予想をしていた。

思った通り黒光りしていて、指紋をつけることすら憚られるような車体が目につき、助手席の窓越しに覗くと彼はスッと運転席から降りて来た。
ここに車を停めたまま出掛けるのか、と思っていると彼は助手席のドアを開けに出て来たようで「時間ぴったりだな」といった。
(遅れなくてよかった)
胸をなでおろす心持ちで助手席に乗る。

彼は「なにがいいか解らない」といいながらも、特にこちらの要望を聞くでもなく車を走らせ、繁華街から離れた場所へ車を走らせた。
街灯の明かりばかりが目立つ閑静な場所に入ると、解りやすく古風なレストランが現れた。塀に囲まれた一見普通の家に見える瓦屋根の建物は、知る人ぞ知るといった感じの古民家の佇まい。それでも駐車場には数台の車が停まっており、それなりに賑わっていた。

(こんなところ知ってるんだ)
無骨な男がおよそ選ばなそうな雰囲気に、彼の意外な一面を知ることができる。
「和食がメインだが、グラタンとかパスタとか女子が好きそうなのもあるぞ」
そう言ってメニューを差し出す彼は既に注文が決まっているようで、こなれた感じがした。
「よく来られるんですか?」
「会社の付き合いで何度か使ったことがある。古臭いけど飯がうまいんだ」
そんなセリフを吐くあたり、どうやらいろいろと考えてくれたらしいことが解る。
「魚が食べたくなるとここに来る」
「へぇ」
厨房に見える店員は作務衣姿で「魚」という彼の言葉がしっくり来た。
「じゃぁわたしは、このカレイの煮つけ御前にします」
こんな時なにを選ぶのが最善なのかいつもなら悩んでしまうところだが、そんな気負いはなぜか、彼の前では必要ないと思えた。

「謝った上で、改めて言おうと思ってた」
「はい」
「あの日もあまり話せなかったし。連絡先を聞いたからといってメールで謝るのもなんだし。だから会えればと」
とても言いにくそうに、且つ真摯に彼は話し始めた。
「そうだったんですね」

「普段からあんなことをするわけではない。むしろオレは慎重派なんだ」
「そうなんですか?」
「また敬語になってる」
「ぁ、すみま……えーと」
「おいおいでいい」
「はい」
「つまり。これからもこうして会ってくれるか?」
「え。あ、ふたりで?」
「だめか?」
ダメじゃない。ダメではないが、なんと返したらいいのか。

「オレはつきあいたいと思ってる。その辺も踏まえて、考えてほしい」
「え。……あぁ、はい。解りました」
そんな風にストレートに言われたのは初めてだった。



4.wavering heart  



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たゆ・たうひと
いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです