連載『あの頃を思い出す』
4. 雨降って地、現る・・・3
「なに?」
言いながら瀬谷が降り返る間もなく、自動ドアが開かれた。
「なに、おまえら。知り合い?」
まさかの鉢合わせ、経場(けいば)の登場である。
噂なんかしなけりゃよかった…と、後悔も遅く、みるみる瀬谷の顔が険しくなっていく。
「なんで、あんたがこんなとこ…!」
瀬谷は実の兄に対しなにか反感を持っているのか、態度が露骨に急変した。
「よくくるの?」
当然目的は尚季(ひさき)だと考える。
「…最近」
問われるままにうなずく。
隠していたわけではないが、申し訳なさそうに答える尚季。今のふたりを見る限り、黙っていたくなるのは当然かもしれない。
「ちょっかい出してんじゃないだろうな」
今にも掴み掛かりそうな勢いの瀬谷。
そんな態度に鼻で笑って答える経場。
「なに、おまえら、そう言う関係なわけ? さくら、おまえも成長したもんだな」
「やめて」
経場の言う「そういう関係」というのは、おそらく自分たちの過去と重ねていっているだろうことは想像できた。運悪く瀬谷より少し背の高い経場の鋭い目だけが見える。
「さくら?」
瀬谷は自分の兄が、尚季をそう呼んでいたことを知らない。
「ホント、よくやるね」
経場のそれは瀬谷に対してなのか、尚季に対してなのか、どちらともつかず発せられたが、尚季には明らかにそれが自分に対する言葉なのだと受け止めた。
「子どもがいるとはいったけど、結婚してるとは言ってないわ」
雰囲気にまかせ、不機嫌たっぷりに言い置き踵を返した。ふたりともどの道館内には入ってこないだろう事を見越して、尚季は逃げたのだ。結果翌日の遊園地の話も、当然ながらとん挫することになる。
「お待たせしました」
ちょうど利用者の姿を目に止め、素早くカウンター内に回り込んだ。
その後のふたりに会話があったのか、ほどなくしてカウンターで接客する尚季の耳に自動ドアの音が届いたが、どちらも館内には入ってはこなかった。