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連載『あの頃を思い出す』

    4. 雨降って地、現る・・・12

「なんだよ」
「一葉(いちよう)みたい。かわいい」
「かわいいとか言うなよ、傷つく」
「だって」
 ソファーを背もたれにしてふたり、どうやら緊張は解けたらしい。
「俺、一葉とレベル一緒かよ」
 小さく拗ねて見せる。
「あら、一葉は瀬谷くんよりわかりやすいし、素直だし」
「俺は素直じゃないっての」
「う~ん。そんな風に見たことないから」
「このっ」
 瀬谷は尚季(ひさき)に掴み掛かる。
 尚季にはこんな風に瀬谷と話せるのが嬉しかった。
(今日のあたしはどうかしてる…?)
 なにを今まで構えていたのか、もっと自分の方が素直に受け入れていれば良かったのだ。
「ココア煎れ直すね」
 立ち上がろうと瀬谷の肩を押しのける。
「逃げるなよ」
 その腕を引き戻して、瀬谷。
「逃げてないわよ、別に」
 そうは言っても、そこまでの覚悟はない。
「ようとはな、ちゃんと寝てるかしら?」
 再度立ち上がろうとする尚季の肩を引き寄せる。
「瀬谷くん…?」
 あっという間に抱きすくめられ、身動きが取れなくなってしまう。
「逃げないで」
 耳元で囁かれるそれは、体を麻痺させる呪文なのか、尚季はおとなしく自分の身を瀬谷の胸に預けた。心臓の音が伝わる。心音の速さをこんな距離で聞くのはいつぶりだろうと考える。
(安心、する…)
「瀬谷くん、どきどき言ってる」
「そりゃ…。ほら、また誤魔化して」
「誤魔化してなんか…」
 腕をきつく閉じたまま、尚季の顔を覗う。
「じゃ、どうして目を反らす」
「反らしてないわよ、別に…」
 顔は上げるが目は伏せられたままだ。
「別に~?」
 更に顔を覗き込む。それを逃れるように尚季の頭は瀬谷の胸の中へと沈んでいく。
「瀬谷くん」
 一瞬見合ったあと瀬谷は、すかさず引き寄せ唇を重ねる。1度目は軽く、そして2度目は確かめるようにしっかりと圧しつけ、深く吸い寄せた。顎を引いて逃れようとする尚季の肩を、ソファーから床へと預け、再び息を吸い込む。
 それは軽いくちづけ程度のものであったが、尚季には充分過ぎるものに感じられた。思った以上にうろたえている自分に気付いてしまったからだ。
「ずるい…」
 やっと言えた言葉さえ、掠れてしまっている。もがく事もできないのか。
「油断した?」
 意地悪く、いたずらが成功したときの少年のような目をして見せる瀬谷。からかうつもりが逆にやり込められてしまった。
「もう…」
 軽く胸を小突き、その場を逃れようと試みるが、それほど瀬谷の腕は甘くはなかった。
「放して…」
 小さく身じろぎする。
「いやだ」
 はっきりと言い切り、勢いに任せ腕に力を込める。尚季の温もりをその腕に憶えさせるかのように、優しく、そしてしっかりと抱き寄せた。
「そんな子どもみたいなこと言わないで」
「子どもかどうか試してみる? 一葉にはこんなことできないだろ」
 再び唇を重ねる。
「もう逃げられないよ」
 その腕の強さからは本当に逃げられないような気がした。
「だめよ…」
(このまま流されていくのかな…)

いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです