Fake,Face 12
ヨシオはレンタカーに飛び込むと、エンジンキーを回し同時に前後の窓を全開にしながらアクセルを踏み込んだ。助手席の妻も申し合わせたようにパワーウインドウのスイッチを押す。
この旅ですっかり習慣となった「ハエ出し」だ。
ペダルを床まで踏みつけ、時速100キロの猛烈な風を車内に流し込んで顔にまとわりつくハエを吹き飛ばすのだ。
キョウコはシートベルトを締めた手で、髪の毛を払った。
「うわっ!まだいる」
しばらく走って窓を閉じ、エアコンをフルにして冷気を満たし2人は一息ついた。
こんな砂漠のどこで発生するのか、この地では旅行者はものすごい数のハエに悩まされた。空調が効いた室内はまだしも、一歩外に出ると強い日光に暖められて飛び回る黒い虫が、目や鼻、口といった湿ったところをめがけて群がってきた。ミニサイズの零戦さながらに。
彼らは卵を産み付ける所を狙っているようだった。だから衣服に覆われていない顔が標的になる。湿り気といっても、駐車場の水場あたりに奴らは群れていなかった。多分、養分がないからか。
砂漠で倒れた動物の目や口にハエが集まり、ウジが湧くのを想像してヨシオは寒気を覚えた。
ヨシオは父から聞いた南太平洋の戦場の話を思い出した。密林で倒れた餓死寸前の戦友が、なぜか歯を見せて笑ったという。驚いてよく見ると、口の周りにウジがうごめいていたのだ。
無意識にヨシオは口元に手をやっていた。
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シニアの旅に挑戦しながら、旅行記や短編小説を書きます。写真も好きで、歴史へのこだわりも。新聞社時代の裏話もたまに登場します。「面白そう」と思われたら、ご支援を!