Fake,Face 9
ヨシオは図書館を出て、商店街をあてもなく歩いた。街は何事もなかったようなたたずまいで、人々の表情に少しの異変も感じられなかった。
新型コロナウイルスという感染症との長い闘いの中、世情には恐れと居直り、あきらめや疲労感がいく筋もの川になって流れていた。きっと父母たちが生きていた戦時中も、似た空気だったのかもしれない。
秋の陽が買い物を急ぐ人たちの影を引いていた。
ヨシオの頼りない足取りは、大衆酒場の赤提灯に吸い込まれていった。
妻に食事は外で済ませるとメールを打って、生ビールを飲みながらヨシオは壁に掛けられたテレビを見た。ニュースが始まり、「首相会見」というタイトルに現れた人物は、マスクを外してマイクに向かった。
「冒頭に首相から発言があります」という内閣広報官の声が流れた。
艶のある生地のスーツに縞模様のネクタイ、細いフレームの眼鏡をかけた坂本龍馬が、近藤勇の官房長官を従えて記者会見をしていた。
コロナ対策について担当記者による解説があった後、別のニュースに変わった。
第何波かの感染爆発が世界を覆っていた。イギリスのコロナ感染者が1日の最高を更新したことを、アナウンサーが報じていた。ヒラリー・クリントンが大きく目を見開いて何やら叫んでいた。イギリス首相はヒラリー・クリントンらしい。
映像はワクチン接種会場の人波という代わり映えのしないものだった。
イギリスはこれまでの都市封鎖を放棄して、感染症と共存する政策に舵を切った。
ロシアの感染も深刻さを増していて、エマニュエル・マクロンがプーチン大統領となって、面をかぶったような表情でロシア製ワクチンの有効性を説明していた。
酒場のテーブルでヨシオは熱燗をうまそうにあおった。
向こうのテーブルの数人が、時折、チラッとヨシオを見た。知らない顔だったが、妙に気になる視線だった。