Fake,Face 13
ほとんどの旅行者は帽子の上からネットをかぶり、顔を守っていた。
「こんな虫のこと、ガイドブックにあったっけ?」
ヨシオはそう言いながら、先々で扇子をパタパタさせて虫を追い払っていたが、小蜘蛛一つにさえ怯えるキョウコはほとんどパニックになって観光どころではなくなっていた。
ウルルは、オーストラリア大陸のちょうど中央に位置する世界遺産だ。以前はエアーズロックと名付けられた世界最大級の一枚岩。近年は先住民アボリジニの呼び名が尊重されるようになった。
ヨシオはリタイア後の旅にこの地を選んだ。
都市から遠く環境が厳しいため、ツアーに参加する人の方が多い観光地だが、ヨシオは思い切って、レンタカーによる個人旅行を選んだのだった。
レッドセンターとも呼ばれる乾いた岩と砂の大地は、含まれている鉄分のせいなのか、赤土の荒野が果てしなく広がる。
腕時計の部品のように細かく区切られた街と、緑濃い山や田畑が詰め込まれた日本からすると、レッドセンターに限らず豪州はまさに異界だ。
ただの荒れ地なら世界のどこにでもあるだろうが、オーストラリアのすごさは、そんな火星みたいな広大な辺境にも舗装道路や街を整えていることだ。
オーストラリアの人たちは大ざっぱな半面、お金には細かいが、どこまで行っても無料のハイウェイや、至る所にある広々としたオートキャンプ場、水辺の船着き場など、旅行とアウトドアライフへのこだわりは半端ではない。
公園には犬の水飲み場まであった。
そんなお国柄と自然を、いつしかヨシオは気に入っていた。
ウルルというのは、月面が荒野にゴロッと横たわったようなもので、周回する道路を車で走れば、半時間かそこそこで一周できる。日本なら旅館や饅頭の看板が林立してもよさそうな観光地だが、先住民族アボリジニの聖地だけに環境への規制は厳しく、地味すぎて見落としてしまいそうな道路標示以外、何もない。
空と岩と、襲いかかるハエしかいない。
ヨシオはウルルから10キロあまり離れた観光拠点に連泊して、何度もウルルに車を走らせた。
遠くのウルルはダンゴムシにも人の顔にも見える。
ヨシオは路肩に車を止めた。エンジンを切り赤い砂を踏んで見上げた。ハエは去り静寂が鼓膜に染み込んできた。