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大量消費しなくても経済成長できる時代の到来『モア・フロム・レス』 読了


<概要>

「経済成長すればするほど資源も消費する」というこれまでの資本主義は終焉し、これからの資本主義の時代は「経済成長が必ずしも資源消費に直結しない」という「第二の啓蒙主義=脱物質化の時代」ともいうべき新しい時代になったと主張する著作。

【タイトル「モア・フロム・レス」とは】
アメリカは現在、世界のGDPの約25%を占める経済大国でありGDPも人口も成長を続けている。にもかかわらず、大半の資源消費量が年々減少傾向にある。加えて大気汚染は減少し、水の使用量が減り、温室効果ガスの排出量が減り、絶滅に瀕していた多くの動物の生息数が増加している。この現象を指して著者は「モア・フロム・レス(より少ないからより多く)」と名付けた。

<コメント>

説得力の高い主張が多い作家の橘玲が紹介していたので、さっそく拝読。なるほどの視点で大変興味深く読ませていただきました。

そして、思想家の「内田樹」やベストセラーとなった『新資本論』著者のマルクス主義者「斎藤幸平」の説を根本から崩壊させる主張なのも面白い(詳細は以下参照)。

というのも、本書の著者にしてMITサイエンティストのアンドリュー・マカフィーの説によれば、斎藤の主張する「資本主義の成長は資源消費増大を招く」というセオリーが、まったく意味をなさないものになってしまいそうだから。

斉藤幸平の主張とは、
「大量生産大量消費の資本主義から脱却し、経済減速させて、経済全体のパイを減らすとともに、経済強者の余剰資産を経済弱者に回して結果平等にすることで、環境負荷を軽減すべき(=新しいマルクス主義)」という主張。

具体的にアメリカのデータに基けば、ここ数十年前から経済成長率が資源消費率にリンクしない時代に入ったというのです。

今の資本主義の経済成長は「脱物質化」しており、経済成長の要因は主に生産性向上や、資源消費を伴わないサービス業の増大によるものなのであって、これまでの大量生産大量消費型の資本主義ではない、ということ(ただし本書ではサービス業増大への言及は少ない)。

⒈今の農業は、より少ない作付面積・水・肥料で生産可能

これは下表のアメリカの事例をみれば一目瞭然ですが、アメリカでは1980年代から、農作物収穫量は増大し続けているにもかかわらず、資源投入量は減少してしまう、という驚くべき状況に。

本書106頁

アメリカは農業大国で、大豆とトウモロコシの生産では世界最大、コムギは世界第4位。アメリカの肥料の消費量は1999年をピークに達した後、約25%減少。灌漑に使われた水の総量は1984年に最大となり、2014年までに22%余り減少。そして作付面積も減少し、全盛期のもっとも低い数値とほぼ同じ水準になったのです。

つまり、気候予測の精緻化、土壌の最適化、肥料の改善、灌漑方法の改善、農業機械の進歩など、テクノロジーの進歩による生産性向上により、より少ない資源と土地でより多くの農作物が生産可能になったのです。

なお、作付け面積が1982年から2015年までに自然に戻った農地は、4500万エーカー(約18万m2)でワシントン州とほぼ同じ面積。同じ時期、三大肥料のカリウム、リン酸、窒素はいずれも絶対的な使用量が減る一方で、農作物の総重量は、35%あまり増大。

さらに驚きなのがアメリカでの牛乳の生産性向上。

1950年、2,200万頭の牛から約5,300万トンの牛乳を生産。
2015年、 900万頭の牛から約9,480万トンの牛乳を生産。

つまりこの間の生産性は、330%あまり向上。

更に遺伝子組み換え技術をフル活用すれば、冷害や旱魃などの気候影響は減り、農薬に頼らずに単位面積当たりの収穫量は増大可能。

【遺伝子組み換え作物に対する風評被害】

私たち日本人含め遺伝子組み換え作物を拒否する方々も多いですが、従来の自然交配による遺伝子改変同様、遺伝子組み換え技術による遺伝子改変も安全性が担保されているので、これは風評被害のようなもの。

風評被害をいかに克服して遺伝子組み換え作物を普及させるか、も重要であると著者は述べています。

なお、遺伝子組み換え作物の安全性については強力な科学的コンセンサスがあるとのことで2016年、米国科学アカデミーの委員会は、およそ1,000の研究を精査したうえで、

こうした遺伝子組み換え作物は、従来作物と比べて健康被害のリスクが高いとは認められないと判断した

本書194頁

という結論に。このほか、イギリス王立協会、アフリカ、フランス、ドイツの科学アカデミー、アメリカ医師会をはじめとする組織も、同様の調査を行い、いずれも同じ結論に。

約25年にわたる研究、約500の独立した研究グループで構成される約130の調査プロジェクトの結論は、おおむね、バイオテクノロジーとりわけ遺伝子組み換え作物そのものは、従来の植物の交配技術と比較して危険度が高いとは言えない

本書195頁

⒉里山資本主義は環境負荷が大きい

「里山の小規模農家による小規模農業ほど非生産的な農業はない」とマカフィーはいいます。

実はアメリカでも「里山に帰れ!」的な日本と同じブームがあったとして、彼は「大地へ帰れ!は大地に負担」と主張。

⑴小規模農業は大規模農業よりも土地や肥料や水が余計に必要

大規模で産業化し機械化した農業に比べ、小規模農業は資源を有効に使えません。なぜなら大規模農業並みの収穫量を得るためには土地も水も肥料もたくさん必要だからです。

たとえば1エーカー当たりのトウモロコシの収穫量は、100エーカー(0.4平方キロ)未満の農場では1000エーカー(4平方キロ)以上の農場よりも15%少ない。1982年から2012年までをみると、100エーカー未満の農場は全要素生産性(※)が15%増加しているのに対し、1000エーカー超の農場は51%伸びた。

本書117頁

※全要素生産性
成長会計の一概念で,産出量と資本・労働・技術の 3 要素の投入量の関係を示す指標。長期的には技術進歩を反映する。TFP(total factor productivity)。

同上

⑵田舎暮らしは、環境にやさしくない

田舎よりも都市や都市近郊での暮らしの方が、環境に与える負荷は少なく済みます。都市は人口密度が高く、エネルギー効率の高い集合住宅での暮らしが可能。移動手段も環境負荷の大きい車ではなく、公共交通機関がメイン(東京郊外に住む私も自動車やめました)。

逆に人口密度が低ければ低いほど、水道・電気・ガス・通信・配達・ゴミ回収などのインフラは非効率になりますし自動車による移動も必須。最悪なのは「ポツンと一軒家」です。一軒だけのために多大なインフラコストがかかるのです。

経済学者エドワード・グレイザー曰く

もしも環境にやさしくしたいなら、そこ(田舎)から離れて暮らすことだ。多量のコンクリートに囲まれた高層の集合住宅に移ることだ。

本書118頁

⒊今の製造業は、より少ない原材料と土地・設備で生産可能

まずは、建設業の事例。アメリカのGDPの成長率に比して建築資材及び木材製品の消費量は、1970年代から、伸び率が鈍化し始め、2008年のリーマンショック後は減少し始めることに。

本書107頁

これは単純に生産性向上によるもの。次に鉱工業生産指数と金属消費量のグラフ。

本書114頁

アルミ缶の使用は、技術革新によってより薄い原料で生産(一缶あたり1959年85g→2011年13g)。最もわかりやすい事例の一つが「スマホ」の普及。

スマホの普及によって、計算機、ビデオカメラ、デジカメ、ラジオ、携帯電話、テープレコーダー、万歩計、腕時計などの各種機器類に加え、地図帳・メモ帳・アドレス帳・スケジュール帳などの紙類も不要に(紙の使用量のピークはおそらく2013年)。

これらの現象含め、著者マカフィーとE・ブリュニソンは、現代を「第二機械時代=セカンド・マシン・エイジ」と呼称。第一機械時代には、人間の筋力を機械が代替し、第二機械時代では、人間の頭脳を機械が代替する時代。あらゆる工業製品がコンピュータと繋がって、より少ない物的資源でより高い生産性を上げていく、という時代。

⒋エネルギー量の増大率も、経済成長率と乖離し始めている

もちろんこれらと同様、エネルギー量の増大率も経済成長率と乖離。1970年までの実質GDPの成長率とエネルギー総消費量の増大率はほぼ一致。

本書78頁

ところが、再生可能エネルギーの推進や発電所の効率化、原子力発電の増大、石炭火力からエネルギー効率の高いガス火力への転換、自動車の低燃費化などの技術革新・省エネ化によって、1980年代からGDPは伸び続けているにもかかわらず、エネルギー消費量は増大しなくなったのです。これは二酸化炭素排出量も同様。

本書109頁

ちなみに原子力発電に関しては、既存の鉱物燃料のうちで最も安全で効率的な発電方法として紹介。例えば1kgのウラン235を燃料にした場合1kgの石炭または石油の約200万〜300万倍のエネルギーを得られます。

環境政策アナリストで「エコモダニスト」を名乗るマイケル・シュレンバーガーによれば、強力な証拠に基づき、原子力はもっとも安全で信頼できるエネルギー源であると断言する。2007年にランセット誌に発表された研究によれば、過去15年間、全体として見ると原子力発電が引き起こす公害の死亡率は、石炭、ガス、石油などに比べて何百倍も低く、事故発生率も原子力が比較的低いと明らかになっている。

本書312頁

原子力発電については福島での事故もあって日本人的には慎重に扱いたい問題ですが、他の電力に比して死亡率が圧倒的にもっとも少ない、というのは残念ながら事実です(詳細は以下参照)。

そして著者いわくのまさに「脱物質化」の時代がやってきたのです。

⒌人間は生まれながらにして「平等」ではなく「公平」を好む

人間は生まれながらにして「(結果)平等」ではなく「公平(機会平等)」を好むという「人間の本性」が、社会主義を失敗させ、資本主義を成功させるのかもしれません。結果平等では人間は、納得できないのです。

もちろん過度な結果不平等は、超富裕者への「ルサンチマン」を生むかもしれませんが、社会のルールが公平であれば、多くの人はその結果不平等にも納得を示すのです。

だから社会主義は失敗してしまう。

一方で、発展途上国が資本主義を採用してもうまくいかないのは、結果平等が原因ではなく、不公平な社会だからです。

だから「法の支配」が必要なのです。

メキシコ人と日本人のハーフの私の知り合いがかつて言っていたのを思い出します。

メキシコでは、ちょっと儲かりだすとみんな隠れます。つまり儲かってそれで目立ってしまうと、すぐにマフィアがやってくるから。マフィアがやってきて何かと難癖をつけてお金を巻き上げようとするから。

いわゆる「かつあげ」ですね。発展途上国にありがちな不公平な社会では、一生懸命働いて成果を上げても、その成果通りに自分に報酬が来ない場合が多いのです。

なお「平等ではなく公平を好む」という人間の本性は複数の心理学者(クリスティーナ・スターマンズ、マーク・シェスキン、ポール・ブルーム)の研究でも実証されているそうです。

経済的な不平等が人を苦しめることを示す根拠はない・・・人間は生まれながらに、平等ではなく公平な分配を好む。平等か公平かのどちらかを選ぶとしたら、平等だが不公平な状態よりも、不平等だが公平である状況を選ぶ。これは臨床研究、異文化研究、乳幼児の実験結果でも明らかだ。

本書262頁

誰だって一生懸命働いてもサボっても給料が一緒だったら、一生懸命やって成果上げた人は不満たらたらになりますよね。そしてみんな働かなくなる。そういうことです(詳細は以下参照)。

でもそれが斉藤幸平や日本共産党が主張するマルクス主義の世界「結果不平等」の世界なのです。

⒍脱物質化を進める「希望の四騎士」

エビデンスをもとに分析すると、アメリカ(恐らく他先進国含む)だけではく、全世界の国々が「脱物質化」を実現するには「希望の四騎士」が必要だとマカフィーはいいます。希望の四騎士とは「テクノロジーの進歩」「資本主義」「反応する政府」「市民の自覚」。

マカフィーのこの主張は、『国家はなぜ衰退するのか』や『自由の命運』を著した経済史家ダモン・アセモグル&政治学者ジェイムズ・A・ロビンソンの研究に基づく(詳細は以下参照)。

結論的にいうと「社会と政治権力双方が強くなって高めあっていく動的に力が均衡した状態を維持し続ける体制」のもと、イノベーション=テクノロジーの進歩と資本主義を推進していくことが、脱物質化への道につながる、ということ。

具体的には、市民のガバナンスがしっかり機能し、政府や企業の不手際や問題を選挙やSNS含むメディア、消費行動などの形で反映させ、政府や企業にとって不都合な真実=公害や政治の不正などを洗い出して、解決していく社会。

かと言って政府が機能しないのもいけません。その事例として先述のメキシコの事例含め、アメリカと中南米の比較が面白い。

アメリカも中南米諸国も、憲法と成文法が整備されていることは同じですが、中南米の一部の国では法律が法律として機能しません。というのも裁判所の権限が弱く裁判そのものがいい加減。しかも役所の手続きは煩雑で膨大であり、腐敗が蔓延。結局成功できるのは既得権益層のみ、という階層の固定化(詳細は以下参照)。

そして中南米諸国は、市民のガバナンスも機能しないので政府や企業は、やりたい放題。つまり社会も政府も強くなければいけない。社会と政府の微妙なせめぎ合いこそが理想の政治体制を生みます。

そして、マカフィーの定義する理想的な「資本主義」とは、

たいていの人が発展し豊かになる機会があり、市場での成功する機会が公平に与えられ、自分が獲得しきづいたものを自分のものとして維持できる社会


以上の他、社会の分断や環境保護、動物保護に関しても多くの紙面を割いていますが、この辺りは特にめぼしいことではなく、やはり本書の出色は「経済の脱物質化」でしょう。ぜひ通読をお勧めします。


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