「ブループリント」(上)ニコラス・クリスタキス著 書評
<概要>
人間は社会性一式(ソーシャルスイート)という原則にもどついて社会を形成すれば、より善い社会を未来に向かって実現することができる、という仮説に基づき、上巻ではコミュニティや結婚制度に関する科学的分析を紹介。
<コメント>
作家橘玲さんの昨年(2020年)のイチオシ本ということで、さっそく上巻を通読。
私のお気に入りのマット・リドレー(科学ジャーナリスト)、スティーブン・ピンカー(進化心理学者)、ジャレド・ダイアモンド(地理学者)、ユヴァル・ノア・ハラリ(歴史学者)系の著作で、彼らの著作と重複する部分も多いのですが、改めて結婚制度やコミュニティを維持するための方法などは、大変興味深い内容でした。
■社会を維持するための普遍的セオリーとは
社会=コミュニティーを成り立たせるための普遍的セオリーとは社会性一式のこと。
社会ネットワーク論の第一人者らしく、著者の真骨頂がこのチャプターに溢れています。人間は、赤ちゃんの研究からもわかるように生まれた時から社会性を育むように設計されているといいます。
前回「家族遺棄社会」でも紹介した通り、なぜホモ・サピエンスだけがヒト族の中で唯一生き残ったかといえば「最も群れるのが得意な生き物だから」です。著者も本書を通じてこの主張を軸に展開しています。
それでは、あらゆる社会=コミュニティを成り立たせる普遍的セオリーたる社会性一式とは何か?それは下表の8つの項目です。
どんな集団を作るかは多様にもかかわらず、社会性一式共通のセオリーによって、コミュニティは維持されているに違いないといいます。中でも(4)の社会的ネットワークは、ユヴァル・ノア・ハラリのいう認知革命の結果としての「虚構」に近いイメージです。
この社会性一式を踏まえた上で、著者はあらゆるコミュニティの検証をします。イスラエルのキブツ、アメリカの宗教コミュニティ(シェーカー教団など)やロビンソン・クルーソー的難破事故の生存コミュニティ、ネット上のアマゾンのメカニカルターク対象の実験などなど。
中でも難破事故で生き残りに成功した集団は、お互いは対等の立場でありつつ民主的に私心のないリーダーを選び、相互扶助の精神で助け合うコミュニティ。
逆に生き残りに失敗した集団は、お互いに不信感を持ち、私利私欲に走り、結果として暴力に走る、コミュニティ。さらにアルコール醸造に成功して陶酔に浸ってしまうとこの傾向が強くなるといいます。
他に面白いエピソードとしては、アマゾンメカニカルターク登録者を使った仮想集団の実験。富の分配で何が集団を分断するかは「富の不平等な分配ではなく富の可視化」。
他人がいくら持っているかが実際に見えてくると、集団の結束は蝕まれ、人々の協調性や友情は衰え、最終的には全体としての福利を高めるために力を合わせることが難しくなる。
■結婚制度の多様性は人間だけ
結婚制度は、現代社会では日本含めて殆どの国家が一夫一妻制を採用。ただし歴史上、人間は一夫多妻制も多く、まれに多夫一妻制、更には父親も夫もいない単身システム(ヒマラヤ山脈に住む「ナ族」)もあったといいます。
しかし哺乳類の世界では、大半(68%)がナ族と同じ単身システム。
単身システムではメスは単独で餌を集め、オスと接するのは交尾の際だけだ。
あとは多夫多妻(23%)か一夫一妻(9%)で、一夫一妻制を採用している生き物は、鳥類では一般的ですが哺乳類では人間含めてごく少数(ヨザル、コツメカワウソなど)。
人間の場合、子供の養育が長期にわたり、男も子育てに必要なことから原始原始狩猟社会では一夫一妻制がメイン。脳が大きいので未熟児のまま出産せざるをえず、長期間人間の子供は養育が必要。ただ一部裕福な集団は狩りの得意な男子が一夫多妻制を採用していたらしい。
そして1万年前の農業の発明以降、余剰生産物が当たり前の社会になると格差が生まれ、余剰生産物を所有する男子(権力者)が一夫多妻制を採用したといいます(人間社会の85%が一夫多妻制を経験)。
ただ進化論的には一夫一妻制が優位。
というのも比較対象となる一夫多妻制は、過去の事例にもとづけば40%の男子は未婚になってしまい、暴力に走って秩序を破壊する傾向を持ち、65%の女子は同じ夫を保有することから自分の子を守るという意味でも他の妻と妬みや恨みを醸成する(69件の一夫多妻制文化のうち妻同士が仲がいい社会は皆無)など、一夫多妻制社会は、集団内秩序の維持に余計な労力を割いてしまうことから生産性が一夫一妻制に比して劣ってしまうといいます(自然人類学者J・ヘンリック)。確かにその通り。
以上、上巻ですが、下巻はさらに社会性一式の最も重要な要素「愛情」などについて展開します。
*写真:2021年 千葉県佐倉市「さくらふるさと広場」
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