「知能」と「意識」は別物
「意識」については、過去に脳科学者の茂木健一郎著『クオリアと人口意識』の書評を通じて展開しましたが、
古生物学者、更科功先生の講義「禁断の進化史:知性と意識の進化」の内容に刺激されて、改めて「意識」について考えてみました。
▪️意識とは何か?
たとえば
「AIも技術がもっと発達したら、AIが人間を支配するのではないか」
などの誤解がまだ残存していますが、AIはどこまでいっても機械でしかありません。AIには「意識」も「意志」もないからです。
一方で知能に関しては、既にコンピューターは人間の知能を大きく凌駕しています。AIではありませんが、スーパーコンピュータの富岳の1時間あたりの計算力は、人間の計算能力の230億年分だといいます。
なので「これだけ知能が発達すれば、いずれAIにも意識が生まれてくるのではないか」と誤解している人もいますが、いくら知能が発達しても意識は生まれません。
なぜなら知能と意識は別物だからです。
それでは意識とは、なんでしょう。生物学者の更科功によると、
意識とは「自分が自分である」「自分がここにいる」という感覚がある
ということです。なので若干の知能は必要かもしれませんが、知能が発達することと、意識があるということ、とはまったくの別物だというのがよくわかると思います。
生物学の世界では、チンパンジー、オランウータン、アジアゾウ、イルカなどの知能の高い動物のほか、「ホンソメワケベラという魚が意識を持っている」という説が大阪公立大学の幸田教授によって2019年に発表され、この説はすでに生物学の世界では定説になっているとのこと(以下も参考)。
何がいいたいかというと、魚のような知能の低い生物でも「意識」を持っている、ということです。
▪️私たちの活動は、ほとんど無意識
そんな意識ですが、自分の毎日の活動を改めて追っかけてみれば、例えば寝ている時間は、意識はありません。世界平均の睡眠時間は7時間前後だから、24時間のうち既に17時間しか意識はありません。
ところが起きている17時間、本当に私たちはずっと意識があるでしょうか?
よくよく自分の行動を振り返ってみると、私たちが意識を使う場面は、ほとんどないことに気づきます。
行動経済学では、無意識的な思考、つまり反射的思考を「システム1」、意識的思考を「システム2」と称し、人間のほとんどの思考活動は「システム1」によって占められる、といいます。
確かに1日の生活の中で、私たちが意識的に考え、意識的に行動することは、ほとんどないことに気づくはずです。「心臓を動かす」「呼吸する」「食べる」「歩く」「本を読む」「ゲームで遊ぶ」「テレビドラマを観る」、ほとんど無意識に行動しています。
それでは私たちが意識を働かせる場面とはいつでしょう?
それは普段のルーチン的行動とは異なる「イレギュラーな行動や思考をしたい、または、せざるをえない」ときです。
ちなみにホンソメワケベラの場合、意識は持っていますが、ルーチンな行動では解決できないなんらかの複雑な状況が起きた時に、意識が立ち現れてくるかどうかは不明。
仮に意識したとしても、意識的思考までには至らないはずです。なぜなら、そこまでの知能はないからです。
しかし人間は意識する能力もあるし、知能も高いので「意識して思考」することができる。
▪️人間は、意識的に思考できる生物
つまり、人間は意識的に「自分がこうしたいからこうしよう」という思考が可能です。
そしてその思考に基づいて行動もできます。意識と知能は別物ですが「意識」を使って「知能」をコントロールすることが可能なのです。
もしかしたらこの「意識的思考=システム2」は人間だけの能力かもしれません。
未来は不確定要素の支配する世界ですが、人間の場合は、他の生物のように盲目的に反射的に意志して生きるだけではなく、その場その場の変化に臨機応変に対応して、意識的に思考して行動に移すことで、その変化にアジャストする能力があります。
本能だけによって環境適応するのが普通の生物ですが、本能に加えて「意識的に思考して環境適応できる生き物」、それが人間。
だから地球上にこんなに人が増えてしまうのです。
*タイトル写真:千葉県市原市にて。
「アジアゾウ」も意識を持っていると言われている(2016年撮影)