「進化の法則は北極のサメが知っていた」渡辺佑基著 書評
<概要>
生物学者ジェームズ・ブラウンによって理論化された生物の法則「生物の代謝量は体重と体温の二つの要素によって決定される」の検証ともいうべき著者の5種の動物「ニシオンデンサメ」「ホホジロサメ」「アデリーペンギン」「イタチサメ」「バイカルアザラシ」の調査にまつわる専門的内容とエピソードをちりばめたエッセイ風著作。
<コメント>
タイトルは売れ線狙いでつけたのか、今一つな印象ですが、内容は非常に濃い。実に示唆に富んでいて生き物に興味のある人は必ず読むべき書籍です。
◼️代謝量理論
著者曰く生物学(特に生態学者)はどちらかというと細部にこだわる生物学者が主流で、例えば鯨などの特定の動植物を研究対象としていて、普遍的な理論を研究している学者は少ないらしい。
特に生態学の世界において、これまでのめぼしい普遍理論は進化論ぐらいでしたが、これに加え代謝量に注目した理論も生物の普遍理論として普及。
中でもジェームズ・ブラウンが提唱した「代謝量理論」は画期的な理論。
「生物の代謝量は体重の4分の3に比例して増大。つまり体重が10倍になるごとに代謝量は5.6倍になる(クライバーの法則)」
「拍動間隔は、体重の4分の1に比例して増加。呼吸間隔も体重の4分の1に比例」
などなど、生物の代謝量の法則を包括的に理論化してまとめた理論。
これが「どんな生き物にも当てはまる」というのだから本当に驚き。
◼️400年生きるニシオンデンザメ
これを実地検証するために、一番代謝量の少ない生き物としてタイトルにもなっている北極海に棲む「ニシオンデンザメ」が登場。
直接カナダの極北の世界に行ってニシオンデンザメにGPSをつけてその謎の行動を調査。その特異な生態を解明したのです。
400年生きるというニシオンデンザメは、世界で最も代謝量の少ない(=生存効率の高い)生き物の一種。
水温0℃の海に住んでいるので、活動量も心拍数も極めて低い状態で生きていけます。しかも体が大きいので体重に比して相対的に代謝量も低くて済む。逆にいえば厳しい環境を生き延びるには体ができるだけ大きく、体温はできるだけ低い方が良い。これを実証しているのがニシオンデンザメ。
一方でネズミなど、代謝量が高く(=恒温動物)かつ小動物では、体温を高く維持する必要があり、体重も少ないのでより多くのカロリーを摂取する必要があります。したがって常に何かを食べていないと死んでしまいます。
代謝量の極端に低いニシオンデンザメは成長も極めて遅い。体長4メートルほどで性成熟しますが、なんと性成熟するまで150年もかかる。体温が低いので細胞分裂も極めて遅いのです。したがって「種の繁栄」という視点でいえば、代謝量の高い=成長の早い動物に比べて不利ではあります。
そして体は5メートルに成長するまでおよそ400年(今生きるサメは関ヶ原の戦いぐらいに生まれている)。この間、時速0.8キロという超低速(通常の魚は2〜4キロ)で泳ぎつつ2日に1回捕食(熱帯域のサメは1日に10回ぐらい)するなどカロリー摂取も極端に少なくてすんでしまう。
体が大きいので小さいサメよりも代謝量理論通り相対的に代謝量が低く抑えられるという優位性もあります。
◼️恒温動物(哺乳類・鳥類)と変温動物(爬虫類・両生類・魚類)の比較
恒温動物は体温を一定に保つことで様々な外的環境でも活発に活動ができる動物。
恒温動物は「対抗流熱交換器」と呼ばれる温かい動脈と冷たい静脈を隣り合わせにすることで、熱を外に逃さず体内で循環させる
という高い機能を持っているため、体温を一定に保つことが可能。したがって運動能力も高く捕食能力も高い。
進化論的には変温動物よりも進化した動物ですが、一方で変温動物も恒温動物に負けず劣らずこの世で繁栄し続けています。
例えば上記ニシオンデンザメの事例の通り、変温動物は恒温動物に比べて圧倒的に代謝量が少なくすることで生存率を高めています。
同じ大きさ・体重で比較すると一般に変温動物は恒温動物の10分の1のカロリーで生存可能。変温動物は体温を一定に保つ必要がない分ローカロリーで生きていけます。
ペットの事例でいえば、イグアナやカメが同じぐらいの大きさの哺乳類(ハムスターなど)と違って餌も圧倒的に少なくて済むのはこのため。
野生の事例でいえば、ホッキョクグマ(必要カロリー12,000kcal/日)とホホジロサメ(同2,600kcal/日)は、アザラシを共通の餌にしていますが、ホホジロサメが成獣を30日に1回の捕獲で済む所、ホッキョクグマは、10日に1度は捕獲しないと生きていけない。
*ちなみに人間(成人男子の場合)の必要カロリーは1,500kcal/日。人間の体重を65kgとするとホホジロサメの体重は700−1,100kgだから、ホホジロザメは人間の10倍以上の体格でも2倍未満のカロリーで生存できてしまうという驚異の効率。
それでもホホジロサメは、魚類としての標準をはるかに逸脱した大量摂取・大量消費型の生活スタイルだという。
以上、他にも代謝量理論に基づくアデリーペンギンの大量捕食大量消費の生活スタイル、マグロなどの回遊魚の特性、バイカルアザラシの睡眠特性など、動物に関する興味深い話題が満載でかつ極地探検のような体験なのでエピソードも硬軟取り混ぜたまさに「名著」といっても良い書籍です。
*写真 2017年 ドバイ ドバイアクアリウムにて