ポトフ
私は荒々しく玄関のドアを閉め、足早にキッチンに向い、冷蔵庫を開けて
そして飲みかけのミネラルウォーターを飲み干し、平静を保とうとした。
私はおもむろにまた冷蔵庫を開けしばらく冷蔵庫の前に立ちつくしていた。
冷蔵庫の開けっぱなしのお知らせ音が鳴り止まない。
そう、私の中でお知らせ音はとっくに鳴っていたのだ。
だが私は今まで気づかないふりをし続けていた。
冷蔵庫の冷たい冷気が私を正気に戻すのに今は心地良かった。
そして私はやっと動ごけるようになり冷蔵庫に入っている物を1つずつ出していった。
少し古くなったキャベツ、焼きそばに使おうと思っていたピーマン。
実家から送られてきた、玉ねぎ。
萎びてきている、人参。
後はサラダにしようと思っていたプチトマト、それも入れてしまえ。
私は手を洗い、少し大きめの深い両手鍋を取り出した。そして冷蔵庫から出した野菜をザクザクと包丁で切っていった。
私は心を落ち着けたいほど料理をしてしまう、さががある。
料理をすると無心になれて、心の逆立った気持ちも不思議と落ち着いてくるのだ。
これは1人暮らしをして自炊をしだしてから気づいた事だ。
仕事でミスをしてヒステリックな上司から罵声を浴びた時も私は1人キッチンに立っていた。
そんな時作るのは大抵、ポトフだった。
ポトフは材料を切って鍋に入れてしまえば後は鍋で煮るだけ、心身が疲弊した時に作るのにはちょうど良いメニューなのだ。
私は鍋に火をつけた。
そして蓋をして野菜を煮込んでいく。
その間、キッチンの床に私はへなへなとチカラつきて座りこんでしまった。
今日、今さっき、私は付き合って4年になる男から別れようと別れを告げられたのだ。
私は今年、30歳になる。結婚も考えていた。お互い、自然に結婚を考えていると私は思い込んでいた。
それが私だけの思い込みだったなんて。
鍋の蓋が沸騰をしてカタカタ音を鳴らし始めた。
私はなんとか床から立ち上がり
鍋の蓋を開けて火を弱めにし、鍋の中を私はじっと見つめた。
沸騰していくお湯にぶくぶく泡が立っては消えていく。
私はそれをしばらく見続けていた。
私は彼にポトフを作った事を思いだしてみたが一度も無かった。
料理ができる女と見られたくてビーフシチューは作った事がある。
同じ煮込み料理で大した違いは無さそうに見えるが私の中で手間をかけて作った感じはビーフシチューの方が上のような気がしていた。
そんな風にいい彼女ふうを私は演じていたのかもしれない。
野菜がだんだん、柔らかく煮えてきている。コンソメの素を鍋に落とし入れた。
私はポトフを彼に作らなくて良かったと思った。
もし、作っていたらポトフは今こうして作れていないだろうから。
最後に塩、胡椒をして味を整えた。
私は出来上がったポトフの鍋の中を見つめながら、今度はポトフを作ってあげられる男と付き合いたい思った。
でも当分の間、ポトフは作りたくない。
鍋の蓋を私は閉じた。
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