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北京で知り合いになったカナダ人とブラジル大使館員の家に行ったハナシ
タイトル長い。
北京に滞在していた1年3カ月、留学生が多い北京語言学院(現北京語言大学)で、カナダ人のシルビア(たしか老師から唐李维と呼ばれていた)と知り合いになり、その友人宅へ遊びに行った。Joeというブラジル大使館員だった。
家を訪ねるなり彼らはチュッチュしはじめ、目のやり場に困ったが、ひとしきりすると、JoeがスーツケースいっぱいのCDからお気に入りを紹介してくれた。ブラジルから持ってきたという。
さすが大使館員。輸送費は国持ちだ。楽しみは少ないだろうからせめて、と持ってきたという。自分はそれをカセットに録音して持ち帰り、「留学生宿舎」の自室で聞いていた。
中国に対する興味関心、認識の度合いによって個人差はあるだろうが、自分が母国で当然と思っているようなものは中国には「きっと何もないだろう」という先入観。Joeはそう思って、ありったけのCDを持ってきたのだった。
自分も笑えない。
北京へ発つ前、埼玉県大宮の支店で送り出してくれた人たちは、興味を示しながらも、中国に関する情報を持っている人はいなかった。「身の回りのものは全部持って行った方がいい」などと言うものだから、テレビまで買って持って行った。
しかも日本とはシステムが異なるのでわざわざ秋葉原で「PAL放送」見られますという機種を買って持って行った。迎えに来てくれた張サンがその荷物の多さに驚いていた。インターネットのない時代だったがちょっとやり過ぎた。
テレビはそこまで調べて買ったのに、ラジカセは電圧の違いを無視してコンセントに突っ込んで初日に使えなくなった。バカだね。電池で使えばよいものを、これまた日本からACアダプタを送ってもらった。頼む方も頼む方だが母は送ってくれた。
中国語の勉強に勤しむのだから、テレビを見る暇もなかったと言いたいところだが、役に立ったのは現地で放送していた「日本語講座」だった。講師の分厚い黒ぶち眼鏡が印象的だった。
Joeとシルビアのおかげで音楽も幅が広がったしツェッペリンも久々に聞いた。「漢字地獄」の日々が少し彩っていった。
【Joeの部屋でカセットに録音した曲】
Garota de Ipanema / Elis Regina 1980
Lilas / Djavan 1984
Esquinas / Djavan 1984
Asa / Djavan 1986
Oceano / Djavan 1989
Enough / Simply Red 1985
If / Rosa Maria
The More I See You / Rosa Maria 1989
People / Barbra Streisand 1987