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海は何色

九州の大雨を伝えるニュース。窓の外は鉛色にまざった明るい雲色。安普請なマンションのベランダの手すりが揺れるほどの風なのに重たい空は動かない。

七里ガ浜で毎日海を見ていた頃も風の強い日が多かった。高校生の時は生意気にも出がけに整髪料を使っていたが、たいがいは江ノ電を降りた駅から学校へ着く間に乱れていた。134号線沿い、県立高校が建つ以前は観光ホテルだったその場所から見えるのは相模湾だけ、贅沢な景色だった。教室正面の黒板はその面積のわりに、私の視界の中では黒いぼんやりとしたものでしかなかった。

頬杖している右手首が痛くなるほどずっと左の窓を見ていると、ある時、海の色が青でないことに気づいた。子供の頃の絵日記、絵葉書、観光案内、記念写真。海は多少の濃淡はあっても限りなく青だったはずだ。

どういうことだ?

前にもまして右手首を酷使した。もはや私の視界に黒板は存在すらしていなかった。

驚いた。青と信じて疑わなかったその色は日々異なる情景を見せた。曇りの日、雨の日、晴れでも風の強い日、暴風雨の日、快晴の日、浜の駐車場で弁当を食べた日、とんびがおかずをさらっていった日、授業前、真っ昼間、夕方そして夜。

時間の経過で「青い海」に変化が出ていくのはわかってはいた。だが写真で毎日記録を撮っていたとしてもこれを何色かと表現するのは無理だと気づいた。明るい曇りの日などはほとんど真っ白で空と海の境目がわからない時すらあった。白い海など、想像つくだろうか。

相模湾を飽くことなく見続けた日の延長に今を生きている。今も、その時見た海の色も一度たりとて同じことはない。

江ノ電に乗っていると、風が強くなる瞬間は突然やってくる。藤沢から鎌倉方面へ向かい、江ノ島を過ぎて路面区間を通り、腰越から次の駅へ向かう途中、小動から一気に海景色になる。小さな車輌に当たる強い風を体で感じる瞬間だ。

安心して出かけられる時が来たら、何色になっているかを確かめに行ってみよう。

#海での時間

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