「挫折」を描く-ポケモンORASにおけるライバルの描写についての考察

この記事は、2017年2月に発行したポケモンの物語評論本「ツワブキ評論」のWEB再録になります。一部読みやすさ改善のため、強調などの表現を加えていますが、誤字脱字の修正を除き、本文は発表当時のままになります。そのため内容が古い部分もありますが、ご了承ください

お断り
 本論では「ポケットモンスター」シリーズのタイトルの略称を用いる。  また、「ポケモン不思議のダンジョンシリーズ」や「ポケとる」といった、「ポケットモンスター」シリーズ以外のポケモンが登場する外伝作品と「ポケットモンスター」シリーズを区別するために、「ポケットモンスター」シリーズを本編シリーズと呼称している。


 ORASの発売から既に1年以上が経ち、たくさんのプレイヤーが1回はエンディングを見たのではないかと思う。かく言う私も、なんとか今年の1月にクリアし、なんとかエンディングを拝むことができた。

 アドバンスで発売されたRSEのリメイクということで、懐かしいホウエン地方で様々な新しい驚きに出会ったプレイヤーも多かっただろう。もちろん、初めてホウエン地方を旅する人には他の地方と少々毛色の違う、自然豊かな旅を満喫されたに違いない。

 とっくの昔にクリアして、細かいところなんて忘れてしまった方も多いかもしれないが、あなたがORASで一番評価しているのはどの部分だろうか

 私はORASで特に評価しているのはエンディング中のライバル戦の追加である。

 旅の思い出のワンシーンを振り返るエンドロールの最中、急にムービーが始まる。主人公とライバルがミシロタウンに帰る途中、103番道路を通りかかるところからシーンがスタートする。オープニングにも登場する池の傍で、ライバルは「たしかめたいことがある」とバトルを持ちかけてくる。
 ライバルのポケモンは最後に戦ったときよりは成長しており、御三家もメガシンカを会得している。しかし、殿堂入りした主人公の敵ではない。(おそらく、ここで負けたプレイヤーはほぼいないはずだ。)バトル終了後は経験値も賞金も受け渡しせず、おなじみの「◯◯(ライバル)とのしょうぶに かった!」という勝利宣言のメッセージもない。バトルについて特に言及するでもなく二人が歩き出すと、ライバルが空を仰ぐ。夜空を流星が流れていくのを背景におなじみの「THE END」の文字が出る。
 そこからエピソードデルタの序章へと繋がっていく、というのがORASのエンディングだ。

 いつも通りのエンディングかと、感慨に耽っていたところに唐突なバトル開始で驚いたプレイヤーは多かったのではないだろうか。

 今までのシリーズでエンドロールがスタートしてから、こういったバトルを含め、プレイヤーに能動的な作業をさせる演出はなかった。また、初代から現在まで、経験値の取得も賞金の受け渡しもなかったバトルも今回が初めてである

 正にイレギュラー尽くめのこのバトル。何故こんなライバル戦が追加されたのだろうか。

 このライバルとの追加バトルの意味を考えるにあたり、まずはライバル像自体を整理する。というのも、ハルカ・ユウキはライバルとしては少し特殊なキャラクターであるため、まずはその特殊さを説明する。そしてハルカ・ユウキの物語を追った上で追加バトルの分析に移る。


●ライバル像の変遷

 まずは、ポケモンのライバル像を整理しよう。

 ポケモンの本編シリーズにおけるライバルとは主人公と共に旅をスタートし、各地で再会し助言や進行に必要なアイテムをもらったり、図鑑の完成度の進行で競ったり、バトルでお互いの実力を確かめ合ったりする、主人公と同年代の少年・少女である。
 彼らと主人公の関係は様々で、幼馴染、お隣さん、博士の家族、とバリエーションに富む。
 ライバルは1人とは限らず、選ばれなかった女主人公・男主人公が務めることもある。
 多くの場合、喋らない主人公を代弁するかのようによく話し、主人公と共に成長し、悩み、活躍してくれる。ポケモン本編シリーズでは欠かすことができない重要なポジションのキャラクターだ。

 いわゆるライバルと呼ばれるポジションのキャラクターはシリーズ通して15人いる。グリーン(初代・FRLG)、赤髪の少年(金銀水晶・HGSS)、ハルカ・ユウキ、ミツル(RSE・ORAS)、ジュン、ヒカリ・コウキ(DPPt)、コトネ・ヒビキ(HGSS)、チェレン、ベル、N(BW)、ヒュウ(BW2)、サナ、トロバ、ティエルノ、セレナ・カルム(XY)の計15人である。

 シリーズを重ねた分、これだけ多様なキャラクターが登場するが、誰一人として似通ったキャラクターはいない。

 一見混沌としているが、物語中の役割から、3つのタイプに分類することができる。

 ①「バトル型」。バトルに強いこだわりを見せ、シナリオの中で度々戦うことになる。グリーンや、セレナ・カルムがこれに当たる。

 ②「サポート型」。バトルはほとんどしないものの、何度も登場し、主人公に旅の助言や、物語進行上重要なアイテムを提供してくれる。ヒカリ・コウキや、コトネ・ヒビキがこれに当たる。 

(WEB再録時注:サポート型で全くバトルをしないキャラは、一般的にはライバルではなく、サポートキャラである。しかし、後述する通り今回のテーマであるハルカ・ユウキを論ずるには、ポケモンにおけるユニークキャラクターのサポートキャラの系譜はライバルにあることを意識する必要があるため、敢えてこの論ではライバルの一形態としている。)

 ③「図鑑型」。図鑑の完成度で主人公と競うが、バトルの強さはいまいちである。トロバで初登場したタイプである。

 ①バトル型、②サポート型、③図鑑型それぞれの内訳はこうなる。

①バトル型
 グリーン、赤髪の少年、ハルカ・ユウキ、ミツル、ジュン、チェレン、ベル、ヒュウ、ティエルノ、セレナ・カルム

②サポート型
 ヒカリ・コウキ、コトネ・ヒビキ、サナ

③図鑑型 
 トロバ

 初期の頃は役割が未分化だったため、厳密に言えばグリーンは①バトル型でありながら③図鑑型の要素も持ち合わせている。②サポート型が登場したのはDPPt以降だが、RSEのハルカ・ユウキは先輩トレーナーとして数々の助言とアイテムを主人公に与えてくれるキャラクターであり、②サポート型の原型だと考えられる。

 また、BW以降、従来の役割に加えて、トレーナーの多様なあり方を問うよう、より複雑な役割も担うようになった。例えばポケモンの解放を訴えたNや、ポケモンとダンスチームを結成することを目標とするティエルノがそれである。


●ハルカ・ユウキというライバル

 さて、今回のメイン、ハルカ・ユウキは①バトル型に分類である。この分類には違和感を感じた方もいるかもしれない。

 ハルカ・ユウキは主人公のお隣さんとして登場する。ポケモン博士であるオダマキの子供として父親の手伝いをしてきた経験があり、先輩トレーナーという立場で主人公に助言を与えてくれる。助言にはバトル指南も含み、主人公の成長具合を見ると称して、度々バトルを仕掛けてくる。

 正確に言えば、ハルカ・ユウキは①バトル型と②サポート型の複合タイプである。主人公の行く先に現れ、バトルもすれば、アイテムも提供してくれる。後の完全な②サポート型と異なり、出会うとバトルに突入してしまうのではないかと少し緊張させられたことだろう。次作のDPPtではバトル担当はジュンに、サポート担当はヒカリ・コウキに分担されたことを考えると、ハルカ・ユウキの時点では役割が未分化だったと言えるだろう。

 ①バトル型②サポート型の複合であることもそうだが、ハルカ・ユウキの特殊さをより際立たせるのが、旅の途中で、バトルの実力で主人公と競るのを止めてしまうことだ。

 それまでのライバル、グリーン、赤髪の少年はいずれも典型的な①バトル型である。顔を合わせればバトルをし、実力的にも拮抗している。十分な準備ができないままに挑まれ、苦戦したプレイヤーも少なくないだろう。また、最早シリーズ恒例となっている四天王戦前のライバル戦を確立したのもこの二人である。

 その伝統を引き継がなかったのがハルカ・ユウキだ。
 ハルカ・ユウキは序盤こそ、それまでのライバルと同じようなペースでバトルを挑んでくるが、最後に戦うのはなんと、シナリオ中盤に訪れるミナモシティである。さらに言えば、ミナモシティのデパートは攻略上必ず訪れなければいけない場所ではないため、プレイヤーによっては、110番道路でのバトルが最後になってしまっただろう。
 数えてみると、ハルカ・ユウキとバトルができるのは、追加要素であるエンディングを除き、計4回。ミナモデパートをスルーしてしまった場合はなんと、僅か3回である。グリーンが7回、赤髪の少年も7回戦えることを考えると、ライバルとしてはいくら何でも寂しくはないだろうか。

 また、ハルカ・ユウキは四天王戦前のライバル戦ができないライバルでもある。
 バトル自体はなくなったわけではなく、代わりにミツルが相手を務めている。ORASではグラードン・カイオーガ戦の前に出番が追加されていたが、やはり最後のバトルはミツルのままだった。

 こういったバトル回数の少なさ、四天王前のバトルの不在がハルカ・ユウキを「ライバルらしくない」ものにしてしまっているのだ。


●ライバルの系譜

 ハルカ・ユウキがライバルらしくないとは言うが、そもそも、ライバルらしいとは何なのだろうか。

 ポケモンwikiによれば、ポケモンシリーズでライバルと明記されているのはグリーンと赤髪の少年の二人のみである。また、ライバルの特徴として挙げられることはほぼ全てこの二人に当てはまる要素だ。作品の制作順を鑑みても、以降のライバルたちはこの二人をベースにアレンジを加えていったと考えられる。

 つまり、ハルカ・ユウキの「ライバルらしくなさ」はグリーン、赤髪の少年と比較した際の評価ということになる。
 先述の通り、ライバルは誰一人として同じようなキャラクターはいない。意図的に被らないようにデザインされているのだろう。しかし、仮にも固有の名前を持ち、プレイヤーが選択しなかった性別の主人公の姿という、あからさまに特別なユニークキャラクターをあえて“ライバルらしくない”ものに仕立てたのには、どういう意図があったのだろう。

 それを理解するには、ライバルの原型を作ったグリーンと赤髪の少年から順を追って、その役割の変化について検証しよう。 

 まず、初代ライバルのグリーン。
 彼のゲーム的な位置づけはバトルにおける強敵である。
 ポケモンというゲームにおいて、バトルの相手は基本的に主人公より弱いモブトレーナー、またはステージボスの役割を果たすジムリーダーで構成されている。
 そこに不意打ちで登場し、攻略上、必ず倒さなければいけないボスとして、プレイヤーに緊張感を与えている。

 キャラクターとしてのグリーンは生意気な主人公の幼馴染みとして登場する。主人公と同時に旅をはじめ、主人公の一歩先を進みつつも、出会えばバトルを仕掛けて力比べをし、主人公と張り合う。クールに見せかけようとする発言も含めて、少年漫画でよく見かけるライバルキャラクターとして設定されている。(例:スラムダンクの流川楓、NARUTOのうちはサスケ。)

 ボスとしての役割はそのままに、ライバル自身の成長を描くことで物語に厚みを加えたのが赤髪の少年である。

 赤髪の少年は名前も明かされない謎の少年として唐突に登場する。初っ端からポケモンを盗んだり、負けると手持ちのポケモンを「つかえない」と吐き捨てたりと、ともすればロケット団に近い印象を受けるキャラクターだ。しかし、徐々に彼の過去が垣間見え、主人公に影響されて考えを変えていく様子が旅を進める毎に描かれていく。こちらは悪役が改心して純粋に主人公と力を競うライバルになっていくという、こちらも古典的な少年漫画のライバル像である。(例:ドラゴンボールのベジータ、シャーマンキングの道蓮。)

 グリーンがある意味、彼自身の生い立ちなどのキャラクター背景をあまり追わなくて良い、平面的で変化が少ないキャラクターだったのに対し、赤髪の少年は彼の過去を匂わせて奥行きを持たせつつ、物語の部分において成長を楽しむことができるキャラクターになっている。
(余談だが、このキャラクター設定は、明確に前作の初代をバックグラウンドとして描かれた金銀水晶と極めて親和性が高い。特に、彼の父親の設定は前作があってこそだった。)

 グリーンから赤髪の少年へ、ボスとしての意味合いが強かったライバルに、物語上の役割を負わせた。これがポケモンのライバルの原型となった。

 先述の通り、ハルカ・ユウキはこの二人を原型としている。
 グリーン同様、主人公と親しい間柄であり、赤髪の少年のように物語を持っている。

 ハルカ・ユウキに主に追加、変更された要素は二つである

 ゲーム上の役割にサポート要素が加えられた。これはかつてオーキド博士の助手をというモブキャラクターが担っていたが、何度も登場の出番があること、シナリオ進行に重要なキャラクターであることから、固有の外見と名前を持つユニークキャラクターが担うのは、適任だろう。

 そして、物語の面では、より複雑なキャラクター性が与えられた。主人公とは別の道を歩む、別れの物語である。


●ハルカ・ユウキの別れ

 それでは改めて、ハルカ・ユウキのキャラクターから彼らの物語を推察しよう。

 ハルカ・ユウキは、トレーナーとして主人公の先輩である。

 ハルカ・ユウキ自身、そのことを意識していることがセリフの随所に見受けられる。そのためか、遭遇する度にお節介なまでに主人公に助言を与え、アイテムを提供してくれる。また、バトルの際も「どれくらいつよくなったのかためす」と発言しており、自身の方が優位だと認識していることがわかる。

 しかし、バトルにおける優位はあっという間にひっくり返った
 はじめの頃こそ、主人公のバトルの腕に感心する余裕が見受けられるが、3戦目では負け惜しみと取れるような発言が出る。そして最後のバトルでは、はっきりと、後輩だと思っていた主人公に負けたことが「くやしい」と口にしている。

 ここまではそれまでのライバルと大差はない。
 グリーンも赤髪の少年も、主人公に負けたときの反応は概ね同じである。
 ハルカ・ユウキが違うのは、そこから主人公と道を別つ選択をしたことである。

 「くやしい」というセリフに続けて、ハルカ・ユウキはミシロタウンに戻り、オダマキ博士の図鑑作成を手伝うと言い出す。ユウキはすぐに主人公を追いかけてポケモンリーグに挑戦するような発言をしているが、実際はご存知の通り、ハルカ・ユウキが現れるのはチャンピオン戦のあとのことである。

 ハルカ・ユウキが何を思って主人公とバトルで競ることを止めてしまったのかは直接的には描かれていない。
 実はのんびりした性格で、言葉の通りマイペースに自分の旅を楽しんでいただけなのかもしれない。
 だが、それまでの描写を見る限り、ハルカは積極的で元気いっぱいのよく喋る女の子、ユウキはクールだが面倒見のいい男の子である。マイペースでのんびりした性格とは一致しない。

 ハルカ・ユウキが道を別つと言いだした本当の理由は、ささやかな挫折ではないだろうか。

 前述の通り、ハルカ・ユウキは主人公ほどバトルは強くはない。
 ORASエンディング中の追加バトルの際の手持ちを見ると、メガシンカは獲得しているものの50レベルに達しているのは御三家のみ。あとはみんな48レベルである。概ね、チャンピオンロードに登場するモブトレーナーたちを少し超えるか否かという育成レベルだ。
 エリートトレーナーと同じレベルまで育成は出来ていることから、育成・バトルの才能が全くないわけではないようだが、最終的に主人公の手持ちに近いレベルに仕上げてきたグリーン、赤髪の少年と比較してしまうと、どうも物足りない。

 そもそも、ハルカ・ユウキの言動を見ると、バトルの強さに固執するような描写はあまりない
 ユウキには、フエンジムで勝ち星を挙げた主人公と張り合ってトウカジムに挑戦する、という旨のセリフがあるが、実際はトウカジムの入り口のジム攻略者リストにユウキの名前はない。挑戦しなかったか、あるいは挑戦しても勝てなかったのだろう。
 ハルカにはジムに挑戦する旨のセリフはそもそもなく、主人公とのバトルに負けても、姉が弟に接するような余裕が見受けられる。

 ハルカ・ユウキがバトルにおける強さに感心が薄いキャラクターだとすると、ORASエンディング中の追加バトルの手持ちレベルにも納得がいく。
 ハルカ・ユウキの育成状況は旅をしていて困ることはない程度にとどまっているようだ。

 強さにこだわらなかったからこそハルカ・ユウキは最初のうちこそ、先輩トレーナーとしての優位な立場から、主人公に負けても驚きこそすれ、悔しがりはしなかったのだろう。加えて、ユウキの場合、主人公が女の子だからと余計に侮っていたようだ。

 しかし、バトルを重ねて、ハルカ・ユウキは主人公の方が、実力が上であることを察しはじめる。このとき、ハルカ・ユウキの中では焦りが生まれたのではないだろうか。
 何しろ、あからさまではないにしろ、頭のどこかで後輩だと侮っていた友達に追い抜かされようとしているのだ。焦って見栄を張ってしまうことだってあるかもしれない。

 そして、ミナモデパート戦で負けたとき、ハルカ・ユウキは悔しさを感じながらも、主人公に勝つことを諦めてしまった
 諦めるということは強さを追う主人公と共に旅をすることを止めるということだ。だからミシロに帰ってしまったのだ。


●追加バトルの意味

 ここまで作中の言動からハルカ・ユウキの物語を推察したが、お察しの通り、かなりを想像に頼っている。というのも、ポケモンというゲームは、さらに言えばRSEはキャラクターの心情を追った物語を描くのに不向きだからだ。

 そもそも、ポケモンのシナリオは悪の組織を描くことに割かれている。
 ポケモンは基本的にはRPGであり、プレイヤーのプレイ体験こそが物語の主眼である。そこに悪の組織との対決というシナリオが加えられている。
 主人公が悪の組織と対立する動機を丁寧に描くために、初代からイベントが組み込まれていた。

 ただし、注意してほしいのは、ポケモンがイベントシーン(またはイベントムービー)を多用し、ストーリー性を強く打ち出したのはPt以降であり、その特色を強めたのがBW・BW2である。
 Pt以前の作品であるRSEは当然、イベントはほとんどマグマ団・アクア団の物語を描写することに費やされている。ハルカ・ユウキはサポートキャラクターであり、中盤までのライバルであるため必然的に登場するのはイベントシーンになるが、どちらかと言えばゲームシステムを説明することが多い。

 また、ゲームとしての制限もある。
 この世代のポケモンはまだ2頭身のキャラクターとフィールドマップのままイベントを全て進行している。キャラクターのリアルな頭身のイラストはゲーム内ではバトル時に登場する立ち絵のみで、物語進行には一切用いられなかった。
 そのため、キャラクターの感情の表現はセリフと2頭身キャラクターのわずかな動きだけで表現されている。当然、顔の表情を変えるなんてことは出来なかった。

 つまり、RSE当時は、ハルカ・ユウキに複雑な物語を与えたはいいものの、生かし切れなかったのではないだろうか。

 ゲーム的制限の問題はリメイクで概ね解消された。
 ハルカ・ユウキは表情豊かになり、登場回数も増やされ、より細かくハルカ・ユウキの心情を追うことができるようになった。

 登場回数の単純な追加で新たに判明したのは、ハルカ・ユウキの戸惑いである。
 仲良くなりたいお隣さんで、トレーナーとして後輩だったはずの主人公がどんどん強くなっていくのに、ハルカ・ユウキは追いつけない。それどころか、主人公は伝説のポケモンやアクア団・マグマ団と一人対峙していくようになる。自分からどんどん遠い存在になっていく主人公とどう付き合ったものか、ハルカ・ユウキは戸惑っていたのではないだろうか。

 そして、その戸惑いに決着をつけたのが、エンディング中の追加バトルである。

 当初想定していた先輩後輩関係からなる優劣関係が崩壊し、ハルカ・ユウキには主人公との関係を再構築することが求められた。
 ハルカ・ユウキは今一度バトルをすることから始めたのだろう。主人公に負けたハルカ・ユウキはこちらを向かず、伸びをして、空を仰ぎ、無言で頷く。

 吹っ切れたハルカ・ユウキは一番はじめの、そして最も単純な関係に立ち返った。ハルカ・ユウキが最初に望んだのは、お隣さんと仲良くなりたい、ただそれだけだ。
 それを思い出せたからこそ、エピソードデルタでは仲のいいお隣さんとして、初めの頃のような関係を構築し直せていたのだろう。


●追加バトルから読み取れる物語

 前述のようなハルカ・ユウキの物語があったとして、バトルでどこまで再現されているのだろうか。

 冒頭で述べた通り、このバトルは経験値・賞金の受け渡しがなく、勝利宣言もない特殊なバトルである。
 通常のバトルはご存知の通り、全編を通してプレイヤーが体験することになる、ポケモンの戦闘システムである。

 ポケモン世界におけるトレーナー同士のバトルは、主に人間同士の優劣をつけるために用いられるようだ。
 基本的にバトルの勝敗とそこで決まった優劣は絶対であり、勝者の意見が尊重される。そこに年齢、性別、立場などは関係ない。
 だからこそ、主人公のような子供でも悪の組織を壊滅に追い込み、ポケモンリーグチャンピオンにまで上り詰めることができるのである。

 物語上では力を示すための手段であるが、ゲームシステム上におけるバトルはボーナスを獲得し、キャラクターを強化する手段である。
 ポケモンでは対戦に勝利した際のボーナスをポケモンの分と主人公の分、二種類用意し、目に見える数値の形で割り振っている。このボーナスは、蓄積することでポケモンはレベルアップに繋がり、主人公は冒険を有利に進めるアイテムや便利な施設を利用するコストとして支払うようになっており、それぞれに経験値賞金という名前がつけられている。
(これがアクションゲームであれば、さらにプレイヤーのスキルの蓄積という目に見えない要素が追加される。)

 つまり、経験値と賞金の受け取りができない追加バトルは育成の機会としては設定されていないことになる。また、勝利宣言もなかったことから、強さを示し、勝敗による優劣を決める戦いでもなかったのだろう。

 では、この戦いは何を得るための戦いなのだろうか。さらに言えば、ハルカ・ユウキは何を求めたのだろうか。
 その答えは、実はハルカ・ユウキがバトル開始前に告げられている。


 主人公が旅で得たもの、自分が旅で得たものをすべて見せ合おう、と。


 ポケモンの世界におけるバトルは、しばしばコミュニケーションツールとして語られる。言葉では語りきれない気持ちや意気込みなどをお互いに伝えあうのにバトルは有効な手段だと捉えられている。
 この場合のバトルは勝敗によって片方の意志を押し通すことを目的としているわけではないため、より純粋に実力=成長の程を見せることがバトルの目的になる。
 今回は、よりコミュニケーション目的のバトルであることを強調するために、経験値も賞金もなく、勝利宣言もないという演出が採用されたのだろう。

 しかし、ポケモンバトルは本当にそこまで雄弁なのだろうか

 ゲーム内では明確に表現されてはいないが、実はポケモンバトルで伝わることはたくさんある。
 例えば、手持ちの構成一つとってしても、生息地が限定されているポケモンが手持ちにいればその場所に行ったことがわかる。伝説のポケモンがいるなら、その伝説のポケモンにまつわる冒険があったのだろう。

 他にも、レベルが高ければ、それだけの時間を育成にかけたことが、そのポケモンが自然には覚えないを使ってきたならば、技マシンや教え技などでそのポケモンをバトルで生かすための作戦を考えてきたことが分かる。
 なつき度でポケモンの扱いが、持ち物でトレーナーの狙いがわかる。

 そして、忘れてはならないのがきそポイントだ。

 通信対戦を楽しむプレイヤーにはおなじみの隠しポイント、きそポイントは通称「努力値」と呼ばれることが多い。(ただし、努力値はあくまで非公式の呼称である。)
 きそポイントはあくまで隠し要素であり、スパトレが登場するまではゲーム内で具体的数値を見ることは出来なかった。どうしても確認したければ、通常のステータスに反映されたボーナスポイントの量で概算を知る事が出来る、という程度のものだった。
 対戦を好むプレイヤーの間では、きそポイントはプレイヤーが自由に割り振ることが出来る唯一のステータスとして捉えられ、各世代ごとのきそポイント獲得メソッドが確立されている。

 しかし、そもそもシナリオ進行中は、きそポイントはポケモンの成長の個体差を表現する要素である。きそポイントのおかげで同じ性格、同じ個体値のポケモンでも、育成中に倒したポケモンが異なれば全く違うステータスになる。

 たとえば、FRで考えた場合、すばやさが高いカメックスはすばやさのきそポイントをもらえるポケモンが集中している序盤で集中的にレベルを上げたのではないかと推測できる。同様にぼうぎょが高いならば、おつきみやまやイワヤマトンネルで頑張ったのだろうと。

 ポケモンは、シナリオ中に戦える通常のトレーナーからもらえる経験値のみでは、パーティー6匹を四天王攻略出来るまでに育成しきることは難しいバランスになっている。
 つまり、ある程度旅のどこかで腰を据えて野生のポケモンを倒して育成をすることが想定されていることになる。一箇所でレベリングをすると、きそポイントはどうしても偏りがちになる。

 また、きそポイントのボーナスはレベルが低いうちは微々たるものだが、レベルが上がっていくほど顕著になる。当然、シナリオラストに登場するチャンピオンの頃にはバトルに影響が出てくるほどきそポイントの存在感は増す。
 様々なポケモンの能力に関して造詣が深く、育成のプロフェッショナルであるチャンピオンとなれば、バトルからきそポイント=主人公の努力がより具体的に伝わっているのかもしれない


 そう、バトルで「たびのすべて」は伝わるのである。


 ハルカ・ユウキが求めた「旅で得たもの」は、ゲーム的にも確かにバトルで伝えられることがご理解頂けただろうか。
 一から十まで完全に伝わるわけではないだろうが、主人公が行ったところ、経た冒険、考え方、育成に関する諸々の努力はハルカ・ユウキに伝わったのである。ハルカ・ユウキは主人公のメッセージを受け取り、納得した。
 そして主人公の強さを受け入れたのである。

 私がこの追加バトルを特に評価する理由はまさにここである。

 RSEでハルカ・ユウキはただフェードアウトしていき、チャンピオン戦ののちに久しぶりに会うだけだった。
 正直、なぜハルカ・ユウキがバトルをしてくれなくなったのかさっぱり分からなかったし、そんなハルカ・ユウキをライバルと呼ぶのに違和感すら感じていた。

 ORASでのハルカ・ユウキの出番追加や、細かい表情、言動の描写、そして何よりラストの追加バトルで、ようやくハルカ・ユウキがどういったキャラクターだったのか、捉えられたように思う。

 RSEで不足していたのはハルカ・ユウキの納得である。それが今回ORASでようやく描かれたので、ハルカ・ユウキの物語は完結した。
 実に14年越しのピリオドであった。


●ミツルのポジション

 そしてもう一点。ハルカ・ユウキの物語が完結するとミツルの評価も変わってくる。

 繰り返し述べている通り、ハルカ・ユウキが挫折したかどうかはゲーム内で描かれていない。そうと推測できる言動と状況があるだけだ。しかし、ハルカ・ユウキが挫折の物語を描いているとすると、ミツルがその対となっていることにお気づきだろうか。

 ミツルは旅立ったばかりの主人公にポケモンの捕獲手順を教えてくれるチュートリアルキャラクターである。
 しかし、物語を進めていくと、主人公をライバル視して、主人公を超える速度でジムを攻略し、果てはシリーズ恒例四天王前のライバル戦を務めるようになる。その上、ORASではシナリオクリア後にはバトルリゾートまで主人公を追ってきて、施設内でより強化されたミツルと戦うことができるようになる。

 言うまでもなく、ミツルはポケモンにお馴染みの①バトル型ライバルだ。
 トレーナーとしての出発は主人公よりも遅かったものの、ハルカ・ユウキが奮わなかった分を補うようにメキメキと実力をつけ、バトルで主人公と競り合う存在になる。バトル回数こそ少ないが、グリーン以来のライバルが担うボスとしての役割を立派に果たしていると言えるだろう。

 ミツルの物語における役割は「主人公の後輩」であり、描かれるのは「成長」の物語である。病弱でひ弱だったミツルは主人公に憧れてポケモンバトルを志し、シリーズでも屈指の強さを追い求めるキャラクターになった。

 対して、ハルカ・ユウキは「主人公の先輩」であり、描かれているのは「挫折」の物語である。主人公をリードしてくれていたハルカ・ユウキは次第に主人公にバトルでもトレーナーとしても勝てないことを気に病むようになり、ついには主人公の前に姿を現さなくなってしまう。

 この二人の対象性は主にバトルを軸に描かれている。ミツルが旧来のライバル像を持つなら、ハルカ・ユウキはそのアンチテーゼだ。バトルが不得意なライバル像という、新しい概念を提示した①バトル型のライバルだと言えるだろう。

 これは想像の範疇をでないが、ハルカ・ユウキのような新しいタイプのライバル追加の背景には、初代、金銀水晶のプレイヤーの経験が反映されているのではないだろうか。

 子供の頃にポケモンをプレイした経験がある方にはイメージしていただきやすいだろうが、プレイヤーのリアルなライバルはポケモンをプレイしている友達である。
 対戦して一喜一憂するのはもちろんのこと、シナリオの進行度や図鑑の完成度を比べ合うこともあっただろう。レアなポケモンを捕まえたら自慢し、好きなポケモンの話で盛り上がったのではないだろうか。育成済みのポケモンを交換してもらって助けてもらったり、攻略のヒントをもらったり、それこそXYで描かれたライバルたちと近いことをしていたはずだ。

 そして、常に競い、一緒に楽しむことができたわけでもないはずだ。
 なぜなら、プレイ方針はプレイヤーごとに様々だからだ
 効率的なプレイを求め、最速クリアを目指すプレイヤーもいれば、ポケモンの捕獲を優先し、のんびり楽しむプレイヤーもいる。そして、ダンジョンの攻略や強敵に躓いてプレイを放棄してしまったプレイヤーもいるだろう。

 ポケモンはもともと、ゲーム内の冒険で完結せず、リアルな遊びの場にゲームを持ち込ませるようなシステムがデザインされている。
 それならば、主人公の物語とプレイヤーの体験をより近づけたほうがもっとポケモンを楽しんでもらいやすのは間違いない。

 そして、プレイヤーの体験を逆にゲームの中に持ち込んだ結果が、今日のライバル像であり、ハルカ・ユウキだったのではないだろうか。


おわりに

 2016年はポケモン20周年イヤーという節目の年ということもあってか、すでに様々な情報が発表されている。

 昔懐かしのポケットモンスター赤・緑・青・ピカチュウバージョンのバーチャコンソールがリリースされ、遂に、初代と最新作が地続きになった。そう遠くないうちにポケットモンスター金・銀・クリスタルバーションも地続きになり、すべてのバーションのポケモンが何らかの形で最新作まで連れてくることが可能になるだろう。

 また、次回作「ポケットモンスターサン」「ポケットモンスタームーン」のタイトルと発売時期が発表された。ついに惑星がタイトルに採用された完全新作では一体どんなポケモンに出会えるのか、どんな物語を体験できるのかの今からわくわくしている。

 体験といえば、「Pokemon Go」のサービス開始も年内が予定されている。エイプリルフールでグーグルが地図上にポケモンを配置して見せてから数年、今度は自分の足で歩いてポケモンを探すことができるようになるようだ。まだどんなサービスになるか全貌が見えないが、これまでにないポケモン体験を期待している。

 他にもポッ拳に、リアル謎解きイベントに、と枚挙に暇がない。

 ハルカ・ユウキをはじめとするライバルたちがそうだったように、ポケモンとの付き合い方はひとそれぞれだ。対戦を楽しむ人もいれば、コンプリートを楽しむ人、グッズを買う人、アニメを見る人、様々な人がいるだろう。もしかすると、私のように、物語を深読みするファンは少ないのかもしれない。それでも、その楽しさと感動の一部が伝わればいいと思い、今回筆をとるに至った。

 ハルカ・ユウキはバトルを通して貴方のメッセージを受け取った。

 今度は貴方が受け取る番だ。


2020.10.19 記事タイトル変更

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