ライちゃんが亡くなって2ヶ月経った自分の回顧録
どうも、がーすーです。
まだまだ思い出しては悲しくなることが多々ありますが、その中でもこの1か月での変化や気づきをつらつらと書こうと思います。
思い出しの思い出し(振返り)
Google Nest Hubで流れる写真を見ては思い出すということがしばしばありますが、
「あぁ、かわいいなあ」だけ思うこともあれば、悲しみがたくさん乗ることがあったりと日々の自分の状態を示すバロメータのようになっている気がします。
最近はまた少し変わりましたが、2-3週間前まではふとした時に思い出されるのはライちゃんと過ごした最期の時間ばかりでした。これは何故なのかあまり分かりません。最新の思い出だからなのか、悲しみに浸ろうと無意識にしていたのか。
悲しみの源泉
悲しみに浸ろうとしているのか?というところから何故こんなに悲しいのか少しだけ考えました。
例えば、長生きした上で突然の出来事だったなら、寂しいけど「お疲れ様でした」感が大きくて悲しさは少し減る気がする。
つまり、一緒に過ごした時間の絶対量が想定よりもだいぶ少ない状態で別れが来てしまったから悲しさが大きいのかもしれないと思いました。
振り返りから思うこと
まとめていく中で1ヶ月はあっという間に過ぎていると実感しました(1ヶ月を超えて書き終えたし)。
結局のところ、時間は止まってくれないし感じていたこともどんどん忘れていってしまうしなので、自分の中で大事なことは
やろうと思ったらすぐやる
忘れないように記録する
そして、今ひもまるとの時間は貴重なもの!ということを絶対忘れずに過ごす。ということに行きつきました。
その他、記憶の破片と言いたこと
ライ太との遊び(おもちゃフリフリ)の難易度は高かったなぁ。
時たま寂しくて涙が止まらない日があるけど我慢するのはやめる。
トンシノ読む頻度が減った。思っていたよりトンちゃんシノさんをうちのひもライと重ねていたんだなあ。
猫たちとの距離感が抜群でねこ漫画で一番好きです。
自分の整理のためのnoteを読んでくれたみなさま、ありがとうございました。