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追憶のコミュ障

記憶の隅のたっちくん

高校の頃、クラスになじめない男の子がいた。たっちくん、眼鏡をかけたそれ以外特徴を思い出す子ができないくらい影の薄い男の子だった。

なじめないというのはあくまでもわたしの主観なのだが、彼はいつも一人で行動をし、誰も彼に話しかけることはなく、一人で昼ご飯を食べ、いつもただ席に座っていた。

目立つ男子グループがたっちくんに暴力をふるったという話を聞いたこともあった。それでもたっちくんは休むこともなく、かといって誰と会話をすることもなくそこにいた。高校入学の頃、彼は部活の中でとても積極的に話しかけていたという。彼は話すことが嫌いなわけじゃなかったのだと思う。だが彼はなじめなかった。

「みんな仲良く」

小学校でもそういわれてきたけれど、思春期真っ盛りの頃、特段好きでもない男子にわざわざ話しかけることができるほど大人でもないわたしの高校の想い出にはただおとなしく席に座る彼は存在しないのと同じだった。

高校を卒業し、何年か経った頃に仲の良かったグループで集まった。

小野ちゃん、ジェニーちゃん、はなちゃん、わたし

4人は同じ小学校で、同じ中学校で、同じ高校だった。理由は忘れてしまったけれど高校に入ってから話す機会が増え、仲のいいグループになった。

「たっちくん、見かけたよ」

小野ちゃんが言う。そういえば高校卒業の後どうしたんだろう。同じクラスだったけれど進学したのか就職したのかすら知らなかった。たいして興味がないまま、小野ちゃんの話を聞いていた。

たっちくんは小野ちゃんが住むアパートの近くのコンビニ店員になっていたらしく、小野ちゃんの友達が「暗い店員」だと話していたそうだがその話を思い出すころたっちくんはそこも辞めてしまったようだった。

だがわたしは大人になるにつれ傍観者だった自分にもなにか責任があったのではないかと思うようになっていた。

もし彼にもっと話しかけていたら、彼の高校生活の潤滑剤になれていたのではないだろうか。

もし潤滑剤になっていれば彼はコンビニの店員で知らない人に「暗い人間だ」と思われることもなかったのではないだろうか。

そんな「偽善」のような感覚にずっと苛まれていたのは自分こそが周りの小学校の時からの友人という潤滑剤に恵まれて過ごすことができたからだと思う。

わたしはコミュ障のせいで人の輪にうまく入れなかったり、人に話を合わせることができなかったけれどそんな自分を受け入れてくれた人たちがいたのだ。

たっちくんもただコミュニケーションが苦手だったのではないのだろうか、そう思うようになっていた。

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かわいいジェニーちゃん

ある日ジェニーちゃんから電話があった。ちなみにジェニーちゃんというのはあだ名である。別にハーフでもなんでもない。本名はいたって普通の日本人らしい名前だ。

だがジェニーちゃんは顔が小さくてまつげが長くてわたしの「女の子」の代表格だった。ジェニーちゃんは大学を出てすぐに結婚し、みんなより一足早くママになった。

ママになってもそのかわいらしさは変わらず、わたしはとにかくジェニーちゃんに憧れていた。もちろん男子からの人気も高く

「ジェニーちゃんはかわいい!」

わたしがそう伝えるたびにジェニーちゃんは「そんなことないよ。ブスだし」と謙遜するので

「かわいいのになんでかわいくないって言うんだろう!バカって言った人がバカなんだからブスって言った人がブスなんだよ!それじゃジェニーちゃんがブスみたいじゃん!ブスじゃないし!」

と毎回腹が立ったことを覚えている。

ジェニーちゃんとの電話はいつも何気ない日常の話で、その中でずっと隠していた罪悪感を吐露してしまった。するとジェニーちゃんは「優しいね。わたしはそこまで考えたことないよ。」と笑った。優しくわたしを責めたりしないジェニーちゃんだからこそそう言ってくれるのをわかっていたのかもしれない。

「やっぱり男子と女子だとなかなかできないと思うよ。でも確かにそういう経験は心のどっかに残ってしまうかもしれない」

ジェニーちゃんの少し考えるような沈黙の後、そこから話は思わぬ方向に向かった。

「だってわたしもいじめられてなかったらもう少し楽に子育てできたかもしれないって思うんだよね」

ジェニーちゃんの告白

わたしは耳を疑った。「いじめられてた」って誰が?

ちなみにわたしは小学1年姓の頃、いじめられっこだった。原因はわたしのコミュ障。それは誰かをいじめていい理由には決してならない。いまでもたまにフラッシュバックで体が震えてしまうのだからとんでもないものを盗まれた気分だ。

それはさておきジェニーちゃんがいじめられていたなんて寝耳に水だった。だってあのジェニーちゃんだよ?わたしの憧れのジェニーちゃんだよ???点と点がつながらないまま、わたしはジェニーちゃんにおそるおそる聞いてみた。

「え?ジェニーちゃんいじめられてたの?ごめんね全然知らないんだけど。誰にとか聞いてもいい?」

いじめられていた頃の話を聞かれるのは心を抉る行為ではあるものの、ジェニーちゃんがあまりにもあっけらかんと話していたから聞けたのだと思う。

「小野ちゃんだよ」

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Oh...ジーザス

小野ちゃんか・・・いや小野ちゃんて。あんなに仲良さそうじゃん。いや高校時代ははなちゃんと4人でずっと一緒だったじゃん。どういうこと?

ジェニーちゃんはわたしの頭の中のはてなマークに気が付いたのか気が付いていないのか話をしてくれた。

小学校の1年入ってすぐにいじめが始まったこと。それは女子という水に垂らした墨汁のように少しずつ広がっていったこと。一緒に遊ばないと言われたこと。女子と帰るなと言われたこと。髪を切ってこいといわれたこと。

目立つなといわれたこと。

ジェニーちゃんはかわいいだけではなく勉強もできる子だった。わたしはというとかわいいには程遠かったがそこそこ勉強はできていたのでテストの結果をみるたびにほんの少しだけ優越感を感じていた。

がそれは作られたものだった。ジェニーちゃんはわざと間違えて低い点数を取るようにしていたと知った悲しみよこんにちは。

知らなかった過去を知ることでわたしはひどい衝撃を受けていたが話を聞いていてもそこにいるはずのわたしが出てこなかった。

同じクラスだったはずなのに。

記憶力の悪さに定評のあるわたしだが、学校には行っていたはずだ。いじめられて休んだことはあっても不登校ではなかった。ジェニーちゃんの優しさなのかとも思いおずおずとジェニーちゃんに聞いた。「わたし・・・なにしてた?」

「九六はねー本読んでた。一人で。」

(あーそうそう。友達いなかったから)

「男子と野球してた」

(スポーツはしゃべらなくていいから)

「帰る時も一人で本読みながら帰ってた」

(コミュ障よ再び)

全く記憶がなかった。いじめられていた頃の防衛本能なのかそれともよく頭をぶつけていたからその後遺症なのかわからないけれど大人になってから一人でいることが平気な理由を垣間見た気がした。

話を聞きながら違う意味で変な汗が止まらなくなってしまったがでもそのあとジェニーちゃんは言った。

「かっこいいなぁって思ってた。一人で帰る時にたまたま一緒になったことがあって。じゃあ本でも読みながら帰ろうって二人で並んで本を読みながら帰ったんだよ」

コミュ障がひどい。

聞くに堪えない話だがジェニーちゃんが笑ってくれたから本当に救われた。これ以上わたしの小学生の時の頃の話を聞くことはやめておこうと思った瞬間だった。

それから中学校に入ったころ、違う女子グループがあってその女子グループに目をつけられたことで「いじめられる」ことの意味を知った小野ちゃんがジェニーちゃんに謝り、そこから今に至るのだと教えてくれた。

いじめの向こう側

ジェニーちゃんは笑いながら話し続けた。

「その時の経験が育児をしているときに出てきちゃうの。お友達とうまくできてるかな、帰りは一人じゃないかな、なにか我慢してないかなって。だからうるさいくらい聞いてしまって。もっと「こうしたらいいんじゃない?」「ああしたらお友達喜ぶんじゃない?」って言ってしまうんだよね。もしあんな経験しなければもっとのびのびと過ごさせてあげられたのかなぁって自己嫌悪してしまう」

ジェニーちゃんは最後まで笑っていた。だけど本当はどんな顔をしているのか、本当に笑っていたのかわたしには知るすべがなかったから。

電話を切ったあとわたしは声を出して泣いた。いじめられていた経験者しかわからない永遠に続く苦しみが吐き気とともにもよおして涙が止まらなくなってしまった。

「ちがう、ジェニーちゃんは悪くない」

誰でもそう思う当たり前の言葉さえ届かなくしてしまうのが「いじめ」なのだ。人の根底を真っ暗に染め上げてしまい、いろんな経験の中でいろんな色の花を咲かせていく希望の中に抗うようにどす黒い花を咲かせることがある。

わたしの「ジェニーちゃんはかわいい」という言葉はジェニーちゃんのどす黒い花の養分になっていたのだろう。

その花は何度枯らしても落ちても咲いてしまう呪縛なのだ。

ジェニーちゃんがこの先少しでも穏やかに育児をできることを切に願う。大好きなジェニーちゃんだから。なにがあってもどす黒い花を咲かせていてもジェニーちゃんはわたしの憧れのままだから。だがしかし一つ気になる。

小野ちゃんはジェニーちゃんをいじめていたことなどもう忘れてしまったのだろうか。

きっと記憶の彼方へやってしまったに違いない。ジェニーちゃんは許した。ジェニーちゃんは小野ちゃんを責めることなくただ許した。だからジェニーちゃんがこんなに苦しみながら育児をしていたことなど知る由もない。ましてや

わたしをいじめたことなど覚えてなどいないだろう。

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