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日本サーバーの閉鎖、そしてレイオフ
買収が完了してしばらくすると、日本サーバーは閉鎖されることになった。
同時アクセス数の減少は日本サーバーだけでなく欧米のサーバーも同様だったが、米国のサーバーはクラスターを形成し、減少したユーザー数に対応することができた。
しかし、元々1つしかサーバーが存在しない日本サーバーは、クラスターを作ることができないため、閉鎖が最良の選択肢だった。
日本サーバーが閉鎖された後、私はアメリカのユーザーサポートに移行した。
英語がネイティブではないため、電話での対応は控え、メールでの問い合わせ対応に特化してチケットを処理していた。
カスタマーサポートやテクニカルサポートを経験したことがある人ならわかると思うが、基本的な質問にはすべてテンプレートを使用して回答する。
一部のトリッキーな問題には原因を特定するための対話をメールで行い、レベル1で対応できない場合はエスカレーションする。
アメリカ人のテクニカルサポートはメールの他に電話対応もあるため、対応スピードが落ちてしまう。
私はメール対応のみだったため、テンプレートで解決できそうな問い合わせを優先的に処理し、他の問い合わせにじっくりと対応することで、チケットの処理数がチーム内でも多かった。
時には上司から「午後はゲームをプレイしてて」とお願いされることもあった。
私が対応するとアメリカの新人が対応するチケットがなくなってしまうからだと言われた。
日本サーバーが閉鎖された後は、ローカライズの翻訳や日本サーバーのバグレポートの再現作業もなくなり、ゲームをプレイするしかなくなった。
それでも楽しんでいたため、家に帰りたくないと思うことも何度もあった。
ある日、上司の部屋に呼ばれた。通常、上司の部屋に呼ばれる時は「今日の午後はチケット対応をやめてゲームをプレイしておいて」と依頼されることが多かったが、その時はカスタマーサポート部署の部長も後から参加した。
私は、サポートチームのサイズを拡大する際のリーダーを任されるのだろうと思っていた。
しかし、上司は「今月末をもって契約を解除する」と告げた。レイオフの通達だった。
直接の理由はサーバーの閉鎖に尽きる。私が雇われたのは日本のサーバーにログインするユーザーをサポートするためであり、アメリカのユーザーをサポートするためではなかった。
それに加え、買収後のスリム化が始まるのだろうと直感的に感じた。
当時の私は29歳で、初めての正規雇用だったが、数年で会社都合による解雇を言い渡された。
しかも成績が良い時に解雇されるとは予想外だった。
アメリカでは突然解雇されることがあると聞いていたが、まさか自分に起こるとは思わなかった。
今では次の転職先をすぐに探す機動力が身についたが、当時は「なぜ私が?」という思いが頭から離れなかった。
ゲーム会社のポジションを見つけるまでに大学卒業から4年かかったのだ。
やっとの思いで仕事に就けたのに、また無職状態に戻るのかと考えるだけで鬱になりそうだった。