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自殺の名所と呼ばれたマンション

 前述した当時住んでいたマンションの向かいに聳え立つ団地群、5階建てと14階建ての高層団地は、今でもURとして残っている。小学校の同期で、この団地群に住んでいる人はそれなりにいた。

 私がこの地域に引っ越してきた頃、私のマンションは新築だったが、今年で築42年目を迎える。それよりも前に建てられていたし、引っ越してきた当初から既に、「自殺の名所」と言われ、「富士の樹海」と肩を並べたかのように呼ばれていたのも怖かった。

 ちょうど、小学生の頃、「あなたの知らない世界」という視聴者からの投稿を元に再現した心霊番組があり、一人で見るのは怖いので、大抵友人宅に集まり皆で番組を見ていたことを思い出す。

 同時期にホラー映画を見ることが友人との間でプチ流行りをしており、ホラー映画や心霊番組を見ることが、ルーティンになっていた。

 子供の頃は、怖いと知りながら怖いものを見ることが好きなもので、ホラー映画も心霊番組も、見てしまうと夜トイレに行けなくなるくらい想像してしまう。不思議なもので、大人になってからもホラーや心霊モノを見ることがあるものの、怖さが半減している。

 そんな悪名高い団地の友人宅に呼ばれて遊びに行くことがあった。まず、エレベータホールだが、昼間は太陽光があまり入ってこなくて暗く、夕方になると蛍光灯が点灯するも、蛍光灯って薄暗さの演出には最高に適していて、小さい頃から今に至る迄、蛍光灯が好きになれたことがない。

 この薄暗いエレベータホールで稼働するエレベータは、スピードが遅く、そのスピードで14階までン上り下りをする。通勤時には、かなり待たされそうなエレベータである。このエレベータは、窓ガラスがついていて外から中が見えるタイプ。私はこのタイプのエレベータが怖かった。

 「ゆっくりと動いて移動するエレベータの窓に、人の顔がバン!と現れたらどうしよう」
 そんなことを妄想して恐怖レベルが最高潮を記録することが多く。目的階に到着するまで、窓を見ないようにしていた。

 今でも覚えているのは、恐らく中学年の時、「自殺の名所」だと言われたこのマンションを探検しようとクラスの女の子が言ってきた。臆病な私は嫌だったが、怖いということも言えなかった。エレベータホールには、エレベータが2基設置してある。利用者の少ない昼間の時間帯に、各グループがそれぞれのエレベータで14階まで昇っていく。14階に到着したら、エレベータホールから続く通路を渡って逆側にある階段を使って1階まで全速力で降りていくという度胸試しだ。

 その団地で行ったことがあるのは、「自殺の名所」と言われていない別の棟だけであり、「名所」になっている棟に足を踏み入れるのは、その時が初めてだった。

 「自殺の名所」と聞いただけで14階から人が飛び降りるという昔の事件を想像の中で勝手に画像処理をしてしまい、「噂になりすぎて14階には人が住んでいない」と思い込んでいた。その思い込みでエレベータに乗り、14階に到着しエレベータホールへ勢いよく一人目が飛び出した。

 同じグループにいる誰もが怖がっており、一人目が走り出したら、怖くて置いてけぼりにされたくない一心で、一人目に続く。すると、一人目がエレベータから飛び出し直後、右に飛び出したところで
「うわっ!」
と大きな声で驚きの声を発する。何事かと思い、その先を見ると、目の前のユニットの小さめの曇りガラスから、こちらをギョロッと睨む女性の顔が見える。これには、さすがに皆、恐怖の雄叫びを上げた。

 しかし、よく見てみると、実際の女性の顔ではなく、こちらを斜め上目遣いでいているポスターが貼られてあっただけだった。ホッと胸を撫で下ろした一行だが、今になって冷静に振り返ってみると、そもそも自分の家の窓の外側に、外に向けて女性の顔のポスターを貼っている光景を見たことがない。だからこそ、住人が狂気じみているのかと想像すると、霊的ではない怖さを感じ始めた。

 戦慄の瞬間から、一人目は再び走り始める。女性のポスターを後目に右方向へ行くと、階段へ続く通路がある。この通路を一気に駆け抜けようと、全速力で右の通路へ飛び出した瞬間、また
「うわっ!お化けがいる!」と一人目が恐怖に慄く。

 素人考えでも、「素人でも見えるものなのか」と疑いながらも、恐怖で一杯の一行は、「お化け」だと信じ切っている。後続部隊も勢いがついてしまっていて、急に止まることもできず、一人目が恐怖で止まった背中に次々とぶつかりながら、通路の先を見た。すると、老婆がこちらを見ながら箒で通路を掃いている。

 紛れもないリアルなご老人に「お化けだ!」と叫ぶとは、驚いたのは寧ろ老婆の方だし、驚かされて更に「お化け」扱いされたのである。箒をもって追いかけられても文句は言えないシチュエーションだ。

 リアルなご老人であることが認識できても尚、その老婆の前を通り過ぎる瞬間は恐怖に支配されていた。通路を渡り終えて階段に到着すると、1段抜かし、2段抜かしなど、1秒でも早く地上に辿り着きたい一心で皆が全速力で駆け下りた。何せ14階から降りていくのである。かなりの距離をかなりの速さで降りて行った。ジャンプして降りていくので、住民はさぞかし迷惑したことだろう。

 「自殺の名所」となったには、いくつかの自殺が目撃されたからだが、私が遊びに行った友人も目撃者の一人である。住んでいた階は、4階か5階などの、比較的低い階。そこから外を見ると、エレベータホールの屋根となる部分を下に見る感じの位置となる。

 友人はある時、出かけるところで家からちょうど外に出た通路で、歩きながら外側を見ていた。すると上から何かが落ちてきて、大きな音を立ててエレベータホールの屋根に落ちた。慌ててみてみると、人が引っかかってぶら下がっていたのを目撃してしまう。聞いただけでも恐ろしいのに、それを目の前で見るのは、さぞかし恐怖に慄いたことだろう。その友人は後に引っ越してその地を離れた。

 その「名所」は今でも残っているが、外観は綺麗に補修されて綺麗に見える。エレベータホールなど仲間で足を踏み入れていないが、URとなっている団地の多くは、どこも暗いし不気味であることが多い。せめて照明だけでも今風に明るく改修してもらいたいものである。

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