見出し画像

毎週更新される行方不明の張り紙

 これは、私が1995年に入学をした大学の学生寮の入口に、毎週更新される、「人を探しています」の張り紙だ。私が入学したCUAは、スラム街のど真ん中に立地する大学である。もちろんだが、設立当初は、荒廃していたわけではない。

 詳細なデータはないが、1980年代を例にとってみると、80年代のDCは、全体的に犯罪率が高く、特に暴力犯罪が目立っていた。これは、当時の全国的な傾向とも一致している。

 薬物や暴力犯罪が急増する背景としては、経済的困窮や社会的不平等も犯罪率増加に寄与していたと考えるのが妥当である。同時に、そのDCの犯罪傾向が、CUA周辺の治安の悪化に繋がっていると考えられる。

 犯罪には、人の生死にかかわる犯罪とそうではない犯罪に分けることが出来る。生死にかかわる犯罪も、凶悪犯罪と暴行、窃盗、薬物などの犯罪に分けられる。DCで起こる犯罪は、この後者である。

一方、連続殺人犯が長期的に逃げ続けながら次の犯罪を起こし続けるような凶悪犯罪は、閑静な住宅地のような平和的な場所で起きることが多い。

 行方不明などは、身代金目当ての誘拐か事件に巻き込まれて既に亡くなっているという2つのケースに分けられる。CUAが立地するようなスラム街においては、身代金を要求する誘拐は起きない。

何故なら、身代金を払えるような世帯は済んでいないからだ。つまり、スラムで行方不明という場合は、往々にして既に事件に巻き込まれている可能性が高く、生存率も低いと見るのが普通の考え方である。その行方不明を知らせる貼り紙が、毎週更新されるというのは、いかに犯罪が多いかを表している。

 2023年には、CUAの最寄り駅であるブルックランド駅周辺で、銃撃されて亡くなった方もいる。この駅は、出口を出て目の前の道を渡り終えたらキャンパスの中に入れるというくらい大学に隣接した駅である。この駅の近隣で銃で撃たれたとすれば、目の前の通りを歩いていた時に被害に遭ったと推察される。

 今思うと無傷で事件に遭わなかったことだけでもラッキーだったと言える。私の寮は、1年目は、ブルックランド駅から通りを渡りキャンパスに入った後、再度、別の出口からキャンパス外の通りを渡り寮へ入る。この寮の奥は廃れた住宅街で、昼間ですら人が歩いている姿を見ない。そういう場所は危ない。

 2年目は、ブルックランド駅を出て、目の前の通りをキャンパスに入らずに歩き続け、中腹辺りにある寮の一つに住んでいた。だから、私も十分事件に遭ってもおかしくない環境にいたことになる。3年目は、キャンパス内でも最も安全な最新の寮に住んでいたこともあり、犯罪からは最も離れていた環境にいられたとも言える。4年目以降は、転学したのだが、全米で最も治安の悪い地域に近い場所へと移った。そういう意味では、一度も事件に巻き込まれなかったのは、ラッキーである。

 唯一危ないと思ったのは、2年生の頃、ハローウィンの日にコンサートを見に行った帰り、ブルックランド駅から寮に向かって数人で歩いていた。丁度、寮へと続く道に差し掛かったところで、黒い車が突然私たちの後ろで止まり、4人くらいの黒人が降りてきた。瞬間的に危ないと思った私たちは、寮の入口に向かって一斉に走り始めた。すると、その4人組は、何かを私達に向けて投げ始める。しかし、それだけで車に戻り去っていった。

 車が走り去った後、4人組が投げつけてきたものを確認しようと見に行ったら、生卵だった。どういう目的で生卵を投げつけてきたのかは分からないが、恐らく単なる悪ふざけだろうと推察する。拳銃でなくてつくづくよかった。

いいなと思ったら応援しよう!