後夜祭軽音楽部
さて、文化祭の醍醐味と言えば、夜に行われる後夜祭だ。高校生活の中で、部活で帰りが遅くなるのを除き、全校で暗くなるまで学校にいるのは、後夜祭くらいしかない。暗くなると、不思議と邪な興奮が目覚めてくるのはなぜだろう。女子と二人でいるだけで、昼間に同じところにいても、特別感が半端ない。仲のいい女子のクラスメートがいたが、その子が後夜祭時に私の名前を読んだだけなのに特別感を感じたほどだ。そこまでバカになれるのも、後夜祭の醍醐味である。
後夜祭の出し物は基本的に毎年決まっている。軽音楽のライブとプロレスだ。これは恒例になっていて、軽音楽部のライブは、軽音楽部が担当するが、プロレスは、部活での出し物ではないので、誰がやってもいい。ただ、プロレス体系に近いであろう、ラグビー部とサッカー部が担当することが多い。私の代のプロレスも実況をサッカー部が担当、レスラー役をラグビー部が担当した。
後夜祭は、軽音楽部のライブから始まる。その年の3年生が担当する。私の先輩達はいずれもメタルで、メタリカが多かった。ただ、暗さの演出があるだけでパフォーマンスの印象が格段に上がる。暗闇と言うのは、それくらい印象を差別ができるのである。
2年上の先輩が後夜祭を務める時は、メタリカのカバーだった。正直、その先輩のドラムは、安定したドラムではなかったのだが、後夜祭での演奏は、完璧に聞こえた。選曲も、他のバンドがあまりやらないような選曲だったのも、印象的に見えたのかもしれない。
後夜祭は、暗くするため、ステージすぐ下のモッシュピットに人がいようがいまいが分からないところがいい。昼間なら寒いステージに見えるものでも、輝いて見えるのが後夜祭の演出のいいところだ。
しかも、真っ暗なので、ステージに対して舞台照明を使ってくれる。これが更にバンドのパフォーマンスの質が高く見える要因にもなっている。恐らく全ては心理的な要因によってそう見えるのだが、最終的に感じるものが成果物になるので、心理効果を与えて印象を良く見せることが出来るものがあるならば、使わない手はない。
私たちが3年になった時の後夜祭では、軽音楽のライブは、ミスタービッグとエクストリームのカバーで、今までのメタルとは打って変わって、ギタリスト選曲なカバーバンドになった。ギタリスト選曲ではあるものの、ベースもがっつり難しい。
バンドは人だったのだが、ベーシストが二人いるため(女子は辞退していた)、ミスタービッグの時のベースとエクストリームの時のベースで交代した。エクストリームの時のベーシストは、チャラ男を演じる長身で細身のO。エクストリームの曲は、どれもファンキーな感じで、単調なベースではなく、フレット激しく右往左往する忙しいベースであったが、難なくこなしていた。
一方、ミスタービッグは、本家のベースは指引きなので、カバーする時も指引きに特化したベーシストにお願いしていた。それが、入部時、ベースが素人だったHである。3年間の間で、Hとはバンド活動を殆ど共にしていない。バンドと言えば、必ずOにベースを依頼していた。
しかし、バンドに加入できない傍らで、本人なりに練習をしていたようで、ミスタービッグがドリルを使って演奏する曲を依頼した。ドリルは使わないが、その分、ドリル奏功の箇所を指引きするのだ。
この依頼をしたのは、夏の合宿の時。ドリルを使う曲なのだから無理とOが強く否定。そこで、Hの反応を伺うと、速さ自体はドリルに追いつくわけはないんだけど、似たような音は出せると思うと非常に前向きだったので、ドリルパートをギターもベースもピッキングと指弾きでやってみようということになった。
合宿の時には、全体で合わせることが出来なかったが、夏休みを終えてからスタジオ練習で集まった際に、ミスタービッグのドリル曲(Daddy, brother, lover and little boy)でジャムることになった。
ギターソロは難しい曲ではあるものの、それ以外のパートは比較的同じフレーズを回せるし、ドラムも叩きやすいので問題はない。問題なのは、ドリルパートでギターとベースがユニゾン(ギターとベースが全く同じように弾く)になるところだ。
ミスタービッグのベーシストは、根っからのベーシストではあるものの、ベースをギターのように弾くことで有名。基本的にどこのバンドへ加入しても、テクニカルなベースを披露する。
初リハーサルの時、他の曲をいつものようにリハーサルし、初めてのドリル曲をジャムった。Hとのジャムは、あまり経験がないのだが、ドラムに合わせてくれるので、曲全体は安定して聞こえる。ドリル曲は、軽快なテンポでギターソロを迎え、ギタリストのKは難なくソロをこなす。
さて、ここからが問題のユニゾンパートだ。本家は、ドリルを取りに行くために、一旦、曲をブレイクダウンして、ボーカルのカウントでユニゾンに入るが、自分たちはドリルを使わないので、そのままユニゾンへ突入する。
ユニゾンが始まると、ギタリストのKがHを一瞥し、私に目を合わせてにっこりと笑顔を見せる。Hは気が付かずに、フレットを見ながらユニゾンパートを難なくこなす。結局、演奏中、Hは、フレットに集中していて、Kと私の目くばせに気が付くことはなかったが、その場の雰囲気で、「ミスタービッグをやるならH」という暗黙の了解ができた。多くのプロジェクトで関わってきたOも、自分があれだけ無理だと言っていた曲をやってのけたので、感服していた様子。Hの成長には目を見張るものがあった。