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大学入学

 夏学期も終わり、漸く自分が通う大学へと移動する日が来た。この大学では、ジョージ・ワシントン大学の学生以外に、カソリック大学(CUA)とアメリカン大学(AU)の学生が夏学期を一緒に受講していたが、カソリック大学とアメリカン大学の学生が、各々の大学へと旅立つ日が来たのだ。

 布団のセットは、バンで運んでもらったと思うが、GWUからCUAには、メトロを使って移動した。GWUは、綺麗な街の中にあったのだが、メトロがCUAに近づくと、地下から地上へと出てくる。

そこから目に見える光景は、スラム街を彷彿とさせるような、治安の悪い光景が目につく。壁には、グラフィティというスプレーの落書きが至る所に広がり、壊れた壁や、板が打ち付けられたタウンハウス。ゲットーでよくみられる光景が、私達を招き入れる。

この景色を見てしまうと、いかにGWUがいい大学だったのかということを思い知らされ、なぜ危険な地域へと向かわなければならないのか、頭の中で理解するのに時間がかかった。

ブルックランド駅(CUAキャンパス内の駅)に到着する。改札を抜け階段を抜けると、目の前にCUAが聳え立つ。キャンパス内に地下鉄の駅があるのは非常にありがたい。特に、こんなスラムの真ん中の大学にいるのであれば、少しの間もストリートを歩きたくない。

キャンパスに到着してまず自分達が必要なことは、寮の手続きをすることである。この時点で渡米して既に、3~4ヶ月が経過しているが、入寮の手続きなら余裕という程の英語もまだ話すことはできない。

私の代の同期は、13名程いた。半分は英語が話せたと思う。話せない半分に私は属していた。話せる組は、寮の手続きを手短に済ませ鍵を貰い、割り当てられた部屋へと入っていく。

しかし、話せない組は、ここが第一の難関だ。夏学期の間に、映画館に言ったり、ショッピングモールへ行ったり、レストランへ行ったり、グロッサリーを購入したりと、店員との会話では苦労しなくはなった。しかし、これはただ単に、同じ質問に対して同じ応対をするため、瞬間的に口からフレーズが出てきたに過ぎない。

レストランに入れば、
「何名様ですか」
「フォウォー」
ステーキを頼めば
「焼き加減はいかがいたしますか?」
「ミディアムレア」
など、「焼き加減はいかがいたしますか」のようなフレーズは、スペルで覚えるのではなく、音で覚えていた。この音を聞いたら「ミディアム」でいいと。

だから、入寮手続きで細かいことを説明されると、全て笑顔で
「イエス! 高洲クーリニーック!」
と言い返すも、聞かれた質問は、イエスやノーで応える質問ではなかったり。最終的には、レジデント・アシスタントが、
「大丈夫よ、心配しないで、すぐに話せるようになるわ」
と優しい言葉をかけてくれて鍵をくれた。部屋番号は、口で言ってくれたが、髪に番号を書いてもくれた。下に二重線までつけて。

 このイエス・ノーで応えるはずじゃない質問にイエスで応えた時、アメリカに入国するための機内で、
「コーヒープリーズ」
と言った後で、コーラの缶とカップを渡されたことを思い出した。
「そうだった、私が頼んだのは、コーラだった。コーヒーとは言ってない」
と自分に言い聞かせたものだ。

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