なぜアメリカは同性婚を成しえたのか
[紹介書籍]小泉明子(2020)『同性婚論争「家族」をめぐるアメリカの文化戦争』.慶應義塾大学出版会株式会社
2015年6月、アメリカ合衆国において同性婚が実現された。過去に苛烈な同性愛者差別があった保守傾向の強いアメリカで、なぜ同性婚は実現しえたのか。この謎を紐解くために本書は、同性婚の実現を目指す権利運動と保守派のバックラッシュがもたらすダイナミズム、エイズパニックによる差別の激化など同性婚実現までの様々な歴史的背景を追っていくのだが、その中で私が常々疑問であった保守派がなぜ同性婚を認めたくないのか、という問いの答えのようなものを見つけた。
「同性愛の人は、誰かを傷つけるわけじゃないよね」、筆者も研究の際にある先生に言われたこの言葉が、核心を突く言葉だったと述べている《1》のだが、では、なぜ保守派が同性婚実現へ首を縦に振らないのかというと、その答えを筆者は、様々な同性婚訴訟の事例を「家族の価値」という価値観に焦点を置き、分析することで、そこから保守の反動の中に同性愛への忌避と恐怖という本質があるとした。「家族の価値」とは、(キリスト教で聖なるものとして語られる)男女の夫婦とその二人の子からなる家族こそが尊ぶべき伝統的価値を有し、社会的に尊重されるべきであるとするイデオロギーターム《2》なのだが、18世紀以前の前近代では特に宗教が強い影響力を持っていたため、こういった現代では多くの人が偏っていると考えるであろう価値観にも社会は即していた。つまり、長く続く歴史の中でこの価値観のもと社会が大きな問題はなく回っているのだから下手に変わるのが保守派にとっては怖かったのだ。そのため、保守派が作った「子どもたちを守れ」という組織も子どもを同性愛者にしないように守るという理念を掲げていたが、このバックラッシュも「家族の価値」に焦点を置くと、アメリカが持っていた理想の家族体系を壊されたくなかったのだという本質が見えてくる。
こういった現存の形を壊されることへの恐怖というものが理解できない事もないが、同性婚禁止による同性愛者の人たちの苦しみのほうが大きいのではないかと私は本書を読んで改めて思った。本書の冒頭部分では同性愛者の人々が受けていた激しい差別についても書かれており、彼らの苦しみを知ったうえで保守派の意見を聞いてもあまり納得できるものではなかったうえに、歴史を追う中で必死に同性愛者の人々が勝ち取ったものは同性婚実現という一つの課題の解決ではなく、同性愛者が社会に存在すること、また尊厳を持った一人の個人であることを国が認めたという事実、そして婚姻が持つ象徴的な価値だったということをひしひしと感じさせられた。歴史を知り、当事者たちの当時の考えやバックボーンまで理解し、思い寄せることができるほど様々な事例、そして同性婚賛成だけでなく反対の意見・思惑も詳しく書かれているのも非常に面白かった。
裁判に至った事例も多く、アメリカの法律なども頻出するため少し難しいと感じるかもしれないが、その分非常に深い理解を得られるうえに「家族の価値」に焦点が置かれていることからズレることはないため、筆者が言いたいことが最後にはスッと理解できているような一冊といえる。 [K.S]
〈注〉
《1》 紹介書籍、P184参照
《2》 同上、P74参照