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【一日一問】既にその力を持っている、と本気で信じるなら何をしたいか。
みなさん、こんばんは。
Grounding Lifeの由香です。
コーチングと子育て
今日はコーチング的関わりと子育てについて、です。
私は9年前にコーチングと出会い、それ以来子育ての中で「コーチング的コミュニケーション」を心掛けてきました。
もちろんうまくいかない時もありますが、コーチとしての「スタンス」は母親としてのそれとかなり重なる部分があると信じており、そのことで子育てに「幅」が出てきたなあ、と感じることもあります。
今日はそんな話です。
私が行っているコーアクティブ・コーチングにはコーチとしての「4つの礎」という土台の考え方があります。
その中に「人はもともと創造力と才知にあふれ、欠けるところのない存在である」という言葉があります。人をどんな眼差しでみるか、という事について書かれた文章です。私はこの言葉に初めて触れた時、3歳と1歳の子供たちのことを即座に思いました。子供たちをそんな風に見ているだろうか、何かケアをしたり、必要なものを与えてあげるという意識で見ていたんじゃないか、そんな風に自問自答したのです。
もし「人はもともと創造力と才知にあふれ、欠けるところのない存在である」という意識で子供たちをみることができるなら、子育てはもっとどっしりとした構えでできるのではないか、そんな風になるといいな、と思ったことを思い出します。
うまくいかない時、どうするか
今日は自宅でお誕生日会を開催した娘。お祝いに来てくれたお友達と楽しくゲームをしている、と思っていたのにみるみる表情が曇り始めました。
「あ、何か起きてるな」
親として、その変化には敏感に気が付きます。コーチという職業柄、かなり気づきやすくなっている、という事もあるかもしれません。目線、声、体の動き、スピード。エネルギーが落ちていることが全身に現れていたのです。
「何かあった?」
と目くばせすると、みるみる涙があふれてきた娘。仕事をする私のところへやってきました。
聴くと「お友達がずっと携帯を見ているので、一緒にいないような気持ちになって寂しい。想像していたお誕生日会と違う気がして切ない』と。
一緒にいるけど、一緒にいない。それは彼女に「寂しさ」を感じさせていたのです。
意識して「何もしない」
こういうシーンで「みんな、一緒に遊べる方法はないかな~?」と子供たちの世界に入っていくことは簡単です。大人が関わる事で「流れが変わる」という事もあるでしょう。
でも、それだと、同じことが繰り返し起きた時に「ママ、助けてよ」と仲裁を求められるようになってしまう。これはよくある事です。
私は「娘は既に、その力を持っている」と心から信じています。私が手を出さなくても、自分が願う方向に世界を持っていくことができると。
なので、唯一こういいました。
「本当はどんな時間にしたいと思っているの?」
と。その願いが明確になっているなら、あとは自分でできるはず。すでに創造力と才知に溢れ、欠けるところのない存在なのだから。
しばらく、言葉を探していた娘は「もっと一緒に遊んで楽しく過ごしたい」と言いました。そして、顔を洗ってお友達のところに行き、
「ちょっと公園でも行って、気分変えようか。あと、遊んでいる時は携帯やめよう!』
と言ったのでした。お友達ももちろんわざと携帯に夢中になっていたわけではないので「いいねー!いこういこう!」と元気に公園に行ったのです。
今日の問い
コーチとしてのスタンスやスキルは、この人生を歩く一人のリーダーとして必要不可欠なものだと思います。私は、子供たちの心と智慧を信じていたい。大人が何もかも手助けするのではなく、自分たちで立ち上がる力を知っていてほしい。そう思うのです。
そしてこういうことが起きるたびに、人はもともと創造力と才知にあふれ、欠けるところのない存在だ、と確信します。間違いないのです。
今日の問いはこちらです。このスタンスは、子供に限らず、大人である私たちも一緒です。私達にはもうすでにその力があります。
一緒に信じて、もう一歩、前に進みませんか。
問い:既にその力を持っている、と本気で信じるなら何をしたいか。