谷根千暮らしに学ぶウォーカブルシティのヒント。都市を身体で感じて思考しよう。
今日は、都市環境デザインを生業としつつ、私自身が暮らすまちの体験から日々学びを得ている「ウォーカブルなまち(歩きやすいまち)」の要素について書いていきたいと思います。
私の事務所はいわゆる東京の谷根千(谷中・根津・千駄木)にあり、自身も好んで同じエリアのなかに住んでいます。特にこの1年は、新型コロナによる生活の変化のなかで、職住近接やウォーカブルなまちの重要さをますます感じるようになりました。
日々、生きたまちほど良いお手本はないよなぁ感じていて、ふと思い立ってこのnoteを書くことにしました。
谷根千とは、東京都の東側、文京区と台東区を跨いで位置するエリアです。寺町である谷中、かつて文豪が多く住んでいた千駄木、東京十社の一つに数えられる根津神社が存在する根津など、それぞれ特徴的な3つのまちの総称が「谷根千」と呼ばれています。細い路地が多く、令和の今でも下町的な風情が残るエリアです。
谷根千をもっと知りたいという方はこちらをどうぞ!
ここからは谷根千の実例を交えつつ、他のまちでも参考にできるようにウォーカブルなまちが実現しているポイントを書き出していきます。
1.まちに曲がり角がたくさんあること
谷根千は路地が多いまちとイメージがあると思いますが、狭い路地だけではなく、生活道としての車が普通に走れる道路と路地が入り混じっています。車も通れる広めの道から路地に入る曲がり角や、路地がぶつかる交差点がたくさんあるので、目的地を思い描きながら、今日はどこを通って行こうか?とルートを考えながら歩きます。最短ルートで行きたい時、途中で立ち寄りたい店がある時、気分を変えたい時・・・などなど、同じまちでも、道を変えれば毎日見える景色が変わります。曲がり角がたくさんあることは、歩く行為そのものを楽しくさせる大事なポイントです。
2.生活に必要不可欠な要素が徒歩10分(500m圏内)にあること
10分程度歩けば生活に必要不可欠な場所(食料品店、クリニック、飲食店、学校、公共交通期間の乗り場など)の、どこにも辿り着けること。これは暮らしの利便性という面でとても重要です。人が快適に歩けると感じる範囲は、500m程度であると言われています。それ以上になると、感覚的にちょっと遠いな、と感じるし、歩いて往復するには少し疲れてしまいます。
それから、公共交通機関駅、バス停など)の乗り場が同じく10分以内にあること。すこし遠出をしたい時には、行き先に合わせてバスか、電車かを選んで移動しています。
逆に言えば、車に乗って行かないと生活に不可欠な機能にアクセスできない環境はウォーカブルではなく、見直す必要があるともいえます。
3.個性的で地域に根付いた店があること
谷根千暮らしで私が特に楽しい!と思うのは、日用品を様々な店で買い回ることができること。刺身ならこの店、こんにゃくならこの店、コーヒー豆はこの店、というふうに、自分のお気に入りの店を見つけて買い物に行きます。ある意味で効率が悪いかもしれないけれど、歩いて店に向かう道すがら、今日は何があるかな、これが食べたいなと考える時間は心がワクワクして、暮らしを実に豊かにしてくれているなぁと感じます。歩きや自転車で買い周りながら普段通らない道で新しい発見があったり、やっぱりあの店にも寄ろうかな、と思いつくアドリブ感も楽しんでいます。
個人経営店だけでなく、もちろんスーパーマーケットにも行きます。買い物の楽さでいうとスーパーマーケットで一気に買い物をするほうが効率的だし、時間がないときにはそれだけになってしまうのも正直なところです。
個人経営の生鮮三品の店などが残っているまちはどんどん少なくなっています。けれど谷根千に暮らしてみて、スーパーマーケットと個店が共存できるメカニズムがあるのではないかなと思うようになりました。
地域に根を張り、その店ならではの価値をもっていないとやはり個人店の生き残りは難しいと感じます。圧倒的に、スーパーマーケットのほうが効率性が高いし便利だからです。生き残る地域ならでは店に感じるのは、まず「安さ」で勝負していないこと。一番は商品の質で、スーパーにはない新鮮さやこだわりがある。もうひとつは、品物にまつわるコンシェルジュとしての価値。旬を聞けたり、食べ方を教えてくれたり、顔馴染みの店員さんに親しみができたり。だからこそリピーターが生まれ、効率性以上の価値を感じられる店として生き残っているのだと思います。
魅力的な個人商店だけでは地域生活は賄えないし、一方でスーパーだけでは魅力がない。この共存関係のあり方は引き続き研究していきたいところです。
4.車の通る道、通らない道が生活の中でゆるやかに区分されていること
歩いて快適な通りをつくるためには、車の往来を気にすることなく安全に歩ける環境づくりをする必要があります。
谷根千の場合は、エリアの道路骨格が非常に明確で、通過交通は幹線道路をメインに走り、生活道路にはほぼ、住人の車か近くに用事がある車しか入ってきません。路地ではない二車線/一車線道路のほうが自転車やベビーカーでは通りやすいので、そこに入ってくる車が少ないというのは快適に歩けるポイントとなっています。このように道路の役割分担が自然とできているのは、まち(道路・街区)の骨格によるの影響が大きいと思います。
目白台から上野までを通る4車線の不忍通り(都道437号秋葉原雑司ヶ谷線)
また、幹線道路の裏側をはしる通りは商店街となっているところもあり、歩行者専用の時間帯も存在します。道の使い方がフレキシブルであるがゆえに、車からみると「いつも通れるわけではない面倒な道」でもあり、それが通過の回避につながっている側面もあるのかなと思います。
車の通行が多くなく、日常的に人の往来も多いため、この道は自然とシェアードストリート(歩車共用空間)と化しています。車が来ても、人が多いので、車は自然とのろのろ運転に。
通り抜けを目的とした車は平行にはしる幹線道路を走るので、この通りに特別用事のない車はあまり入ってきません。その結果、歩道はないものの、歩行者と自転車の通行がメインとなっており、車のほうが遠慮して通る形となっています。コミュニティバスのバス停があるので、バスものろのろ運転で歩行者に気をつけながら走っています。
不忍通りの(谷中側からみて)一本内側を平行に走るよみせ通り。まちのメインストリートのひとつ。
5.建物のおもてに座れる場所が出ていること
谷根千には広くておしゃれに設えられたパブリックスペースもオープンカフェも無いけれど、まちを歩くと建物の外側=パブリックスペース側にベンチや座席が出ているのを見かけます。ビール箱や椅子を並べて簡易座席にしてる店があったり、建物のおもてに誰でもフリーで座れる場所を設えている店がもあります。設えや座席としてのスタンスは店によって様々です。
道路を使うという点ではグレーな部分もありつつ、まちの風景の魅力をつくっている1つのポイントです。
建物の外側に人が座っている姿が見えたり、座っても良い(座ることが許されている)空間があるだけで、歩いて楽しい・安心と感じる心理に働きかけています。
6. 小さな界隈が連なり、エリアを形成していること
谷根千は、ひとつの「まち」と思われていることもありますが、実は行政区を跨いでおり、谷中は台東区、根津・千駄木は文京区に属しています。管轄する行政は違うものの、生活者としては「一体の生活エリア」という感覚があります。
このエリア一帯は、住宅や商店、学校、寺など様々な用途(機能)が混ぜこぜになっています。都市計画上では、幹線道路沿いは近隣商業地域、その他は主に第一種住居地域、第一種中高層住居専用地域などに指定されています。
この歩いて楽しいと感じるエリア性の秘訣は「界隈性の連なり」にあるのではないかと考えています。界隈性とは、特徴や魅力あるストリートとしてのまとまりと言っても良いでしょう。
いわゆる商業地とは違い、ここではずっとお店が連なっているのではなく、個性あるストリート(=界隈)がエリアの中に点々と存在しています。おしゃれな店が軒を連ねるストリートもあれば、すこし雑然としたストリートも、住宅に囲まれて子どもが道にチョークで絵を描いて遊んでいるようなストリートもある。そして個性あるストリートが歩けるスケールの中にいくつも存在し、巡れる状態になっていることが、面=エリアとしての感覚を形成しているのだと思います。
7.住む人の個性が表れている住宅があること
用途として谷根千のほとんどを占め、路地そのものを形づくっているのは住宅です。一般的に住宅街は歩いていても用事がなくそれぞれの住宅が閉じられたイメージになりますが、ここは歩いていて楽しい住宅街なのです。
家の前に置いてある鉢植えの緑、通りに向けて置かれた置物、玄関先に置かれたベンチ、大人用と子供用の自転車・・・これらは、そのまちに住んでいる人の気配であるともいえます。これを、私は家の個性の表出と呼んでいます。
旧くから住んでいる人が多かったり、ひとつひとつの敷地が狭く、一軒ごとに庭や塀を設けることができないことも関係しているかもしれませんが、塀に覆われた家ばかりの住宅地では、そこにどんな人が住んでいるのかも何もわかりません。
ひとりひとりの生活が、道やまちの個性をつくり、それが道を歩く楽しさをつくっているのです。
まとめ:身体で感じたことを、頭で考える。
こうやって書き出してみて、様々な研究理論や一般論として推奨されていることがまさに当てはまっているというのがよくわかったし、自分の中でもウォーカブルな環境というものが構造的にあらためて整理できました。
歩きやすい・歩いて楽しいまち(エリア)のデザインを考える時には、自分が歩いて楽しいと感じるまちを実際に歩いてみるのが一番です。
そこで、なぜ心地良いのか?何がポイントなのだろうか?と体感したことを分析してみるのがおすすめです。
ウォーカブルを身体的に考えることで、自分のまちで取り組むべきヒントが見えてくるかもしれません。