見出し画像

キューバリブレ

Netflixをはじめとした動画ストリーミングサービスは視聴内容に応じてユーザの好みそうなコンテンツを提示してくる機能を備えている場合が多い。Amazonのように商品そのものを売りつける目的であればなるほどこれは有益なアプローチであると得心するに容易いが、「こんな動画を見ているお前の同類はあんな動画も見ています」と提示されたところで「へぇ、そうなの」以上の感想はなかなか得られないのではないだろうか。実際には、ある程度人の選好というものはパターン化しており、少数パラメータの学習によって「こんな動画を見ているお前の好きそうなものはどうせこれ」といった推定はかなりの確度で当てられてしまうだろうし、その推定技術の高さ故に他社サービスより満足度の高い視聴体験をもたらせるといった戦略なのだろうけれど、どうして僕のNetflixはキューバのドキュメンタリーを勧めてくるのだ。

確かに僕は5年ほど前にチェ・ゲバラがバイクでめっちゃ走る映画を観てそれなりに心動かされたし[1]、2年ほど前に新潟で出来心で買ったチェ・ゲバラという銘柄のメンソールを試してみたりもしたが[2]、チェ・ゲバラ以外に俺とキューバを結びうる導線は何もないはずだ。僕に限らず凡庸な日本人がキューバに対して関心を払うタイミングの大半はチェ・ゲバラかキューバリブレのことを考えたときくらいだろう。最近は店で酒を飲むこともほとんどなくなったため、キューバリブレとかいうライム入りのコーラを口にする機会も失われて久しい。それなのにどういうわけか俺のユーザ情報を覗き見たNetflix本社のマシンは「お前ッ!ゆるキャン△やプリズマ☆イリヤを観ているなッ!そんなお前には『カメラが捉えたキューバ』がおすすめです」と考えたらしかった。どういうことだよ[3]。

まぁそうは言っても僕自身全くキューバに関心がないかと言えばそうでもない。一応高校では地理選択だったのでキューバという国がアメリカと南米諸国の間に霞のように存在しているはず、くらいの知識はあるし、なんかプエルトリコとかが近かった気がする。飲み会のたびに俺を「大議長~~!!」と社会主義国家の指導者のように呼びつけてはテキーラのショットを際限なく飲ませてくるプエルトリコ人の院生の顔が思い浮かぶ。キューバも大体彼を育んだ国土と似ていることだろうからきっと酒臭い国に違いない。「プエルトリコ人にテキーラを盛られた人はキューバ人にもテキーラを盛られています」、だ。

どれ俺の予想はどれくらい当たっているかな、と動画を再生してみると、早速田舎で自給自足しているバナナ農家の家族が出てきて、老人がポケットから小瓶を取り出し「酒の小瓶を持ち歩いてる。命の水だよ」とコメントしていた。マジで期待を裏切らないな君たち。

ところで冒頭の映像に出てきた<フィデル>という故人は誰だろう。僕は世界史はほんの触りしか習っていないのでキューバ革命を指揮した指導者が誰なのか分かっていなかった。酒場で騒ぐバナナ農家を観ているうちにだんだんフィデルさんが誰なのか気になってきたので検索してみることにした。そうして行きついたのが「キューバ危機」のWikiだった。これがまた適度に重厚で、記録的でありながら惹きつける文体をしている。執筆者はどういった人間なのだろう、単に僕の歴史の知識が絶望的に乏しいだけで、皆こういった重要な史実の仔細は学校かどこかで当然習っている程度ものなのだろうか。僕は学校に通えない途上国の子供のような気分になって、舐めるようにWikiを読み込んだ。なるほど、ジャップが安穏と日常を繰り返しているうちに、アメリカは核戦争と隣り合わせの13日間を過ごしていたというんだな。しかしこのケネディとかいうおやっさんは選挙応援もあるのに毎日毎日エクスコムの会議にこっそり出席しなきゃいけなくてきっと胃がねじ切れるような思いだっただろう[5]。このときばかりはお気に入りのクラムチャウダーも喉を通らず、ウイダーインゼリーをぎゅむぎゅむ吸ってやり過ごしていたことだろう。かわいそうだぜケネディ。せめて安らかな老後を過ごしてくれているといいが…。

そういうわけでNetflixのレコメンド機能はマジすごいぜって話[6]。


[1] 「モーターサイクル・ダイアリーズ」なんか爽やかな感じのいい映画だった気がする、みたいな薄い記憶しかなかったのでレビューを調べてみると、医学生のゲバラがバイクで冒険的なことして、最終的にアマゾン川のハンセン病患者を隔離する土地に辿り着く的な話だった。言われてみるとゲバラがなんか川にザブザブ入っていくのを見て謎に感動したような気がする。

[2] 緑色のパッケージで案外そのへんのコンビニにも置いてる。別にアイブラに比べて特別美味くはないし、そもそもメンソしか吸わないならガム食っとけばそれでいい。

[3] ゆるキャン△2期が放送されたばかりの頃、浜名湖が出てきた2話の放送前に浜名湖の表浜駐車場を訪れていて、原作を読んでいないはずなのに先取りして聖地巡礼する未来から来たオタクになってしまった。ところで未来と言えば円城塔のゴジラS.Pが今のところかなり面白い。見て。

[4] ヘビースモーカーだった彼は「煙草をやめなさい」という夢を見て以来これを天啓と捉えて実際に禁煙し、今に至るまで禁煙に成功している。神が実際に人を救うところを俺は初めて見た。

[5] ご存知ケネディ大統領はハバナの葉巻を愛用しており、キューバの業者に1500本キッチリ納品させてから経済制裁を加えたそうだ。偉くなってみるもんだよな。

[6] 答え合わせ:数日前に「密売人」っていうネトフリオリジナルドラマを見たのが原因ぽい。フランスで大麻をさばくギャングの長がラッパーとしてメジャーデビューするためにMVを撮影するんだけど、その様子をMVの撮影クルーの視点で撮ったっていう設定のドラマ。内輪の抗争に巻き込まれたクルーの立場がどんどんやばくなっていく様子がリアルで冷や汗をかく。1話10分くらいでちょうどいい長さ。てかこれフランスじゃん、やっぱキューバ関係ねぇよ。

いただいたサポートでスコーンを食べます。