日本は何故アメリカと戦争したのか?(19)戦争決意を欠いた戦争準備

 戦争決意という概念に厳密な定義は無いが、一般的なそれは、およその期限を定めた上で、その時までに交渉妥結しない場合には開戦する、というものだ。開戦の最終決定とは違う。そしてそれは、普通、それまでに全ての戦争準備を完了しておく、期限が来たら直ちに開戦する、ということでもある。

 太平洋戦争の場合、日本がアメリカとの戦争を決意するのは、昭和16年11月5日の御前会議だった。そこで「対米交渉カ十二月一日午前零時迄ニ成功セバ武力発動ヲ中止ス」、逆に言えば交渉妥結しなかったら開戦すると決められた。そして12月1日になり、その通り機械的に開戦が最終決定された。

 なのだが実のところ、日本がアメリカとの戦争を想定し戦争準備を始めるのは昭和15年(1940年)7月からだ。それは大東亜共栄圏建設の為に敢えてアメリカと戦争になる危険を冒そうとした、ということだった。
 そういうことなら、本来なら日本はそこでアメリカに対する戦争決意をしなければならなかった。もちろんそれは開戦の最終決定では無く、事が日本の思惑通り進まなかった場合、いよいよという場合には戦争する、という類の決意。そこまで覚悟が出来ないのなら、大きな危険が伴う決定は下すべきでは無かった。

 ところが日本はそこを誤り、決意も無いまま方針を決め、覚悟も無いまま戦争準備を進めてしまった。日本の戦争決意は、それに引きずられてしまったという本末転倒な一面がある。



帝国国策遂行要領 昭和16年11月5日

一 帝国ハ現下ノ危局ヲ打開シテ自存自衛ヲ完ウシ大東亜ノ新秩序ヲ建設スル為此ノ際対米英蘭戦争ヲ決意シ左記措置ヲ採ル
(一)武力発動ノ時機ヲ十二月初頭ト定メ陸海軍ハ作戦準備ヲ完整ス
(二)対米交渉ハ別紙要領ニ依リ之ヲ行フ
(三)独伊トノ提携強化ヲ図ル
(四)武力発動ノ直前泰トノ間ニ軍事的緊密関係ヲ樹立ス
二 対米交渉カ十二月一日午前零時迄ニ成功セバ武力発動ヲ中止ス



別紙 対米交渉要領

対米交渉ハ従来懸案トナレル重要事項ノ表現方式ヲ緩和修正スル別記甲案或ハ別記乙案ヲ以テ交渉ニ臨ミ之カ妥結ヲ計ルモノトス


甲案

日米交渉懸案中最重要ナル事項ハ(一)支那及仏印ニ於ケル駐兵及撤兵問題(二)支那ニ於ケル通商無差別問題(三)三国条約の解釈及履行問題及(四)四原則問題ナル処之等諸項ニ付テハ左記ノ程度ニ之ラ緩和ス

(一)支那ニ於ケル駐兵及撤兵問題
本件ニ付テハ米国側ハ駐兵ノ理由ハ暫ク之ヲ別トシ(イ)不確定期間ノ駐兵ヲ重視シ(ロ)平和解決条件中ニ之ヲ包含セシムルコトニ異議ヲ有シ(ハ)撤兵ニ関シ更ニ明確ナル意思表示ヲ要望シ居ルニ鑑ミ次ノ諸案程度ニ緩和ス

 日支事変ノ為支那ニ派遣セラレタル日本国軍隊ハ北支及蒙彊ノ一定地域及海南島ニ関シテハ日支間平和成立後所要期間駐屯スベク爾余ノ軍隊ハ平和成立ト同時ニ日支間ニ別ニ定メラルル所ニ従ヒ撤去ヲ開始シ二年以内ニ之ヲ完了スベシ
(註)所要期間ニ付米側ヨリ質問アリタル場合ハ概ネ二十五年ヲ目途トスルモノナル旨ヲ以テ応酬スルモノトス

(二)仏印ニ於ケル駐兵及撤兵
本件ニ付テハ米側ハ日本ハ仏印ニ対シ領土的野心ヲ有シ且近接地方ニ対スル武力進出ノ基地タラシメントスルモノナリトノ危惧ノ念ヲ有スト認メラルルヲ以テ次ノ案程度ニ緩和ス

 日本国政府ハ仏領印度支那ノ領土主権ヲ尊重ス、現ニ仏領印度支那ニ派遣セラレ居ル日本国軍ハ支那事変ニシテ解決スルカ又ハ公正ナル極東平和ノ確立スルニ於テハ直ニ之ヲ撤去スペシ

(三)支那ニ於ケル通商無差別待遇問題
本件ニ付テハ既提出ノ九月二十五日案ニテ到底妥結ノ見込無キ場合ニハ次ノ案ヲ以テ対処スルモノトス

 日本国政府ハ無差別原則ガ全世界ニ適用セラルルモノナルニ於テハ太平洋全地域即支那ニ於テモ本原則ノ行ハルルコトヲ承認ス

(四)三国条約ノ解釈及履行問題
本件ニ付テハ我方トシテハ自衛権ノ解釈ヲ濫ニ拡大スル意図ナキコトヲ更に明瞭ニスルト共ニ三国条約ノ解釈及履行ニ関シテハ我方ハ従来屡々説明セル如ク日本国政府ノ自ラ決定スル所ニ依リテ行動スル次第ニシテ此点ハ既ニ米国側ノ了承ヲ得タルモノナリト思考スル旨ヲ以テ応酬ス

(五)米側ノ所謂四原則ニ付テハ之ヲ日米間正式妥結事項(了解案タルト又ハ其他ノ声明タルトヲ問ハズ) 中二包含セシムルコトハ極力回避ス


乙案

一 日米両国ハ執レモ仏印以外ノ南東亜細亜及南太平洋地域ニ武力的進出ヲ行ハザルコトヲ約スペシ

二 日米両国政府ハ蘭領印度ニ於テ其ノ必要トスル物資ノ獲得ガ保障セラルル様相互協力スペシ

三 日米両国政府ハ相互ニ通商関係ヲ資金凍結前ノ状態ニ復帰セシムベシ
  米国ハ所要ノ石油ノ対日供給ヲ約スペシ

四 米国政府ハ日支両国ノ和平ニ関スル努力ニ支障ヲ与フルガ如キ行動出デザルベシ


備考

一 必要ニ応ジ本取極成立セバ南部仏印駐屯中ノ日本軍ハ仏国政府ノ諒解ヲ得テ北部仏印ニ移駐スルノ用意アルコト竝支那事変解決スルカ又ハ太平洋地域ニ於ケル公正ナル平和確立ノ上ハ前記日本国軍隊ヲ仏印ヨリ撤退スベキコトヲ約束シ差支無シ

二 尚必要ニ応ジテハ従来ノ提案(最後案) 中ニアリタル通商無差別待遇ニ関スル規定及三国条約解釈及履行ニ関スル規定ヲ追加挿入スルモノトス


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?