BS1スペシャル「ヒトラーに傾倒した男~A級戦犯・大島浩の告白~」の誤り
歴史、といっても筆者に分かるのは日本近代史の僅かな一部分だけだが、それはものすごく複雑で難しい。
あまりに難しいため、誰のどんな著作にも、あるいはTV番組にも、だいたい何らかの誤りがある。トンデモ本では無い、誠実に記された著作ですら。それは人智ではどうしようもない。
2021年8月14日放送のBS1スペシャル「ヒトラーに傾倒した男~A級戦犯・大島浩の告白~」も、そう。
細かいところは抜きにして、看過できないのが、開始後23分40秒頃からの、日本が日独伊三国同盟を結んだ理由。
その番組ではそれを、「当時、泥沼の日中戦争を続けていた日本は、中国を支援するアメリカとの対立を、深めていました。そこで、ヨーロッパでの戦争で勢力を拡大していたドイツ、さらにイタリアと手を結ぶことで、アメリカを牽制しようと考えたのです」と説明していたが、これが大きな誤り。
正しくは、これは筆者が以前説明しているが、日本が当時目論んでいたのは大東亜共栄圏建設だ。
すなわち、日本、満洲、中国、ビルマ(現ミャンマー)以東の東南アジア(最終的にはフィリピンも含むが当初は除く)、オーストラリアより北の南洋、それらを日本の支配下にしてしまおうという雄大な構想。
それは、ヨーロッパでドイツがフランスを打倒したのを見て、その後にドイツはイギリスも打倒すると思い込んでしまったことが、発端だった。
そして日本は、そのような行動がアメリカとの戦争につながる可能性を考えた。
だから日本は、アメリカとの戦争を回避するために、ドイツと同盟した。要するに、日本とドイツと同時に戦争しなければならないとなると、それを嫌ってアメリカは戦争を思いとどまるだろう、という皮算用。
すなわち、アメリカとの戦争は回避した上で大東亜共栄圏建設を成し遂げようと考えたのが、日本が日独伊三国同盟を締結した理由だ。
ところが、それはアメリカの意思を読み誤った判断だった。
要するにアメリカの戦争目的はドイツ打倒であり、アメリカはフランス敗北時点でそれを決意しており、日独伊三国同盟締結後は日本もろともドイツを打倒する方針に転換する。
ただし、アメリカにとって日本との戦争は無駄手間で、だからアメリカは回避する努力を一応した。なのだが、これまた以前説明した七面倒くさい紆余曲折の末、結局、日米は戦争することになる。
つまり日本は、自身の誤った判断から、アメリカとの戦争を回避するつもりで、アメリカと戦争になる決定を下してしまった、ということだった。本当はこれまた複雑な話になるのだが、要点としては。
以上、根拠は原書房『杉山メモ 参謀本部編 上』など。
付け足しだが、その番組の最後の方で、ノンフィクション作家の保阪正康氏は、こう↓言っている。
「『バスに乗り遅れるな』ということは、裏返しすれば『強いものにつけ』という実に単純な考えです。そういうものが永久普遍なのか、やっぱり状況は動くわけですから、その状況が動く中で見る目を持たないと、国家ビジョンを持って見る目を持たないと、国論は進む方向など危なくて為政者に任せられないということになるんじゃないですか(後略)」
筆者的に言わせてもらえば、「強いものにはへつらおう、弱いものはいたぶろう」(出典は『はいからさんが通る』)は、戦略的には理の当然。そのようなマキャベリズムを否定するようでは、乱世は生き抜けない。
なのだが、ここに大きな問題がある。強く見える者が本当の強者とは限らない、という点。日本はその判断を誤った。
つまり、当時ヨーロッパでの戦争でドイツ軍が大勝し、その精強さをまざまざと見せつけていた。しかしそれは、実のところは表面的な見せかけに過ぎなかった。
総力戦の当時、「強いもの」とは「強大な国力を持つもの」に他ならない。すなわち当時の「強いもの」とは、本当はドイツでは無く、アメリカとイギリスだった。(当時のイギリスは、第二次世界大戦後とは異なり、まだアメリカと並ぶ大国)。
だから、もし日本が強いものにつこうとするならば、本来ならばアメリカ・イギリス陣営につかなければならなかった。それはアメリカとイギリスの風下に立ち続けることにはなるが、それなりにメリットのある方針のはずだった。
ところが日本は、ドイツの強さを過大評価したことなどから、判断を誤った。そして、イギリスを蹴落とし、アメリカに肩を並べる大国になろうと、野望を抱いてしまった。
改めてだが、ヨーロッパで第二次世界大戦が勃発しドイツがフランスを打倒した時点で、日本は、その後にドイツがイギリスを打倒すると思い込み、大東亜共栄圏建設の野望を抱き、そして日独伊三国同盟を締結する。
なのだが、英仏海峡がドイツ軍のイギリス本土侵攻を阻止する可能性があったわけだ。かつてナポレオンがそうだったように、陸軍国のドイツには英仏海峡を越えられない可能性が。
そして当時、アメリカは口先では「参戦しない」と言っていたが、英独の戦争が長期戦になった場合、第一次世界大戦と同様、アメリカは参戦を果たすかもしれない。
そうなった場合、最後に勝つのはどちらなのか?
しかし日本は、オッチョコチョイにもドイツが必ずイギリスを打倒すると思い込んでしまう。しかも、すぐにそうなってしまうものと。そして短絡的に「バスに乗り遅れるな」の浮ついたムードに陥っていく。その頃の日本には、あらゆる可能性を検討する慎重さは無かった。
日本が、やるべきで無い戦争を自ら始め、破滅していくには、多くの要因が複雑に絡み合っている。一概にどうこう言えるような単純なものでは無い。
なのだが、そのひとつは、ただのオッチョコチョイだったとは、確かに言える。だから、もし日本が先の大戦から教訓を得ようとするならば、まずそれを直すところから始めるべきだ。
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