「ローンチ」という言葉が気持ち悪い理由を日本語学的に考えてみる

 IT系企業を中心に「ローンチ」という言葉が最近使われるようになっているが、日本語の中のカタカナ語として非常に気持ち悪い印象を持っていた。同様の気持ち悪さを感じている人は多いようにも思われるのだが、その理由を言語的に考えてみたい。
 個人的には「ソリューション」と「ローンチ」を濫用する企業は信用していない。ただし、ソリューションという言葉の問題点は語義が不明瞭なことである。何を解決するのかわからないし、解決を販売するというのも日本語的な感覚からいうとわからない。そして、実際には「ソフトの購入」をソリューションと言っているだけのことが多く、結局使っている人もちゃんと意味上の使い分けができていないことが多い。
 一方、ローンチには語義の曖昧さはあまりない。何かを新発売したのだなとか、前から出す出すと言ってたゲームの2.0版がやっと公開されるのだな、ということはわかる。しかし、この言葉の気持ち悪さは、発音表記にもあると思われる。

実際の使用例

Google検索で日付指定検索すると、2000年以前はロケットの打ち上げのことがほとんどであり、IT系での初出に近いものはこのあたりと思われる。

相当数のソフトがローンチタイトルとして名前を連ねると予想される(1999年5月14日)
PS2対応ソフトのリリースを発表しているサードパーティ各社も、ローンチタイトルは一段落、近日中に発売が予定されている製品は、ある程度のプレイが体験できるものが増え、ユーザーの興味はこのゲームショウで初公開されることになる夏以降の新作へと移りつつある。(2000年3月31日)
−−日本での発売(ローンチ)時に大物ソフトはちゃんと揃うのか。例えば、ファイナルファンタジーのような。
 逆を言えば、トップタイトルのないローンチにしてもしょうがないと思う。具体的なタイトル名は言えないが、想像されるようなタイトルは確実にX-Boxに乗って、さらにプラスアルファのタイトルが揃っているようにしたい。時間的な問題があるので、ローンチ時にX-Boxのためのニュータイトルが出てくるかどうかはわからない。しかし、今、PS2で動いているようなメインタイトルは、X-Boxに確実に乗ってくるようにしたい。それがないと日本でローンチしてもしょうがないと考えている。(2000年3月31日/マイクロソフト常務取締役・X-Box事業部長の大浦博久氏へのインタビュー記事)

英語のlaunchを「発売」「発表」「公開」「提供開始」「頒布」などの日本語ではなく、そのまま「ローンチ」と表現することは、たとえばマイクロソフトなどの外資系IT企業では普通に行われていたのだろう。それがインタビューなどを通じて、そのままカタカナ語として記事化されるようになり、そこからIT系企業で「ローンチ」と表現することが定着、現在ではカタカナがかっこいいとされる他業種(ファッションなど)に飛び火しつつあるということではないかと思われる。

この点については、本稿は論文ではないので要検証だが、おそらく外資系IT企業での用法が広まったという点についてはほぼ間違いないのではないかと感じている。

ローンチの意味

ローンチ
別名:ラウンチ,ロンチ
【英】launch
ローンチとは、新しい商品やサービスを世に送り出すことである。日本語では「立ち上げ」「公開」「開始」「発進」などの語が相当する。
ローンチという表現は、WebサイトやWebアプリケーションを新たに公開する場合などで用いられている場合も多いが、それだけでなく、新商品や新サービスの公開という意味で一般的に用いられている。
launch
【1自動】
 〔急に〕始める、乗り出す
【1他動】
 1.〔ロケットを〕打ち上げる、〔ミサイルを〕発射する、〔矢を〕放つ
 2. 《野球》~を打つ
 3. 〔船を〕進水させる、水に浮かべる
 4.  始める、開始する、着手する、乗り出す、参入する◆目的語には、調査・販売・キャンペーンなど明確な目的・意図を持って行われる活動が使われる。・The police just launched an investigation into the mysterious disappearance of several families in the neighborhood. : 警察は、その近隣で複数の家族が失踪した事件について、捜査を開始したところだ。
 5. 〔新商品を〕売り出す、発売する・The company is planning to launch a new product next month. : その会社は来月、新商品を発売する予定です。
 6. 《コ》〔プログラムを〕立ち上げる、起動する
【1名】
 1. 〔ロケットの〕打ち上げ、〔ミサイルの〕発射、〔船の〕進水
 2. 〔活動などの〕開始、着手、立ち上げ・The company unveiled the launch of a multichannel satellite TV package in the U.K. : その企業は英国での多チャンネル衛星放送の開始を発表しました。
【2名】
 1. 《海事》〔軍艦の〕ランチ◆艦載されているボートで最大のもの。◆【参考】cutter
 2. 《海事》ランチ◆大型でデッキのないモーターボート

レベル4、発音[lɔ́ːntʃ]、カナ:ラーンチ、ランチ、ローンチ、変化《動》launches | launching | launched

確かに発音は[lɔ́ːntʃ]であるから、「ローンチ」と音写するのがいちばん正確かもしれない。「ランチ」では昼食のことになってしまうから、「ラーンチ」または「ローンチ」を選ばざるを得ない……のだが、日本語としてはこの音の時点で不自然なのである。

日本語の4拍語に「○ーン○」はなじまない

 日本語の4拍の言葉で、「○ーン○」というのは普通ではない。そもそも、長音「ー」、撥音「ン」の二つが連続するのは、「ン」で終わる、またはその後に2音以上続く場合が基本である。
 和語で「ーん」は「あーん」「えーんえーん」「カーン」などの擬音語・擬態語のみである。漢語で「ーん」という音はなく、強いて言えば「庵・院・運・縁・音」など「母音+ん」があるだけだ。となると、外来語もしくは「○ーン・○」という合成語のみとなる。
 goo辞書で実際に後方一致で調べたところ、「ーンズ」だけは例外的に多いが、それ以外の「○ーン○」パターンはやはり少ないことがわかった。以下、goo辞書(デジタル大辞泉)での後方一致検索の結果一覧を載せておこう。

★合成語
◆固有名詞(地名・人名・組織名など)
◇その他の外来語

★テルヒーンツァガーン‐こ【テルヒーンツァガーン湖】モンゴル中央部にある湖。
★スアンフーン‐こ【スアンフーン湖】ベトナム南部の都市ダラットの市街中心部にある人造湖。
★マリーン‐こ【マリーン湖】カナダ、アルバータ州西部、ジャスパー国立公園にある湖。
★モレーン‐こ【モレーン湖】カナダ、アルバータ州南西部にある氷河湖。
◆ジャーンシ【Jhansi】インド北部、ウッタルプラデシュ州の都市。16世紀初頭に城郭都市が建設され、18世紀後半から19世紀半ばまでジャーンシ藩王国の都が置かれた。セポイの反乱において、藩王国の王妃が軍勢を率いて英国兵と戦い、「インドのジャンヌ=ダルク」とよばれたことで知られる。ジャーンシー。
◆サン‐サーンス【Charles Camille Saint-Saëns】フランスの作曲家・オルガン奏者。
◇ベーダーンタ【(梵)Vedānta】ウパニシャッドの異称。ベーダの最後(アンタ)にあるところからの称。
◆ラーンチ【Ranchi】インド中東部、ジャールカンド州の都市。
◇ローンチ【launch】[名](スル)立ち上げること。参入すること。始めること。特に、新しい商品などを売り出すこと。「10月に新製品をローンチする」
◇ホット‐ローンチ【hot launch】《「ホットランチ」とも》ミサイルの発射方式による分類の一。ミサイル自体がもつロケットエンジンの推力によって発射されるもの。
◇ソフト‐ローンチ【soft launch】新製品や新サービスの販売に先駆けて、限定地域・対象にのみ試験的に公開すること。問題点の洗い出しや修正を目的とする。
◇コールド‐ローンチ【cold launch】《「コールドランチ」とも》ミサイルの発射方式による分類の一。
★アルベーン‐は【アルベーン波】プラズマなどの電気伝導性の流体中を伝播する磁気流体波の一。
★シリコーン‐ゆ【シリコーン油】比較的重合度の低いシリコーンで、油状のもの。水をはじく性質がある。潤滑油・変圧器油・防水剤などに使用。
◇プーンギ【(ヒンディー)pūngi】インドの気鳴楽器。ヒョウタンの底に竹などの筒を2本差し込んだもの。蛇使いが用いる。
◇タクシーング【taxiing】航空機が自力で誘導路などを走行すること。地上走行。タクシング。
★フォーン‐じ【フォーン寺】ベトナム北部、ハータイ省にある仏教寺院群。
★タイフーン‐じ【タイフーン寺】ベトナム北部、首都ハノイの西約30キロメートルにある仏教寺院。
◆トゥーンバ【Toowoomba】オーストラリア、クイーンズランド州南東部の都市。
◆カトゥーンバ【Katoomba】オーストラリア、ニューサウスウェールズ州東部の町。
◆ジーンズ【James Hopwood Jeans】英国の天体物理学者。
◇ジーンズ【jeans】1 細綾織りの丈夫な綿布。スポーツウエア・作業衣などに広く使われる。2 ⇒ジーパン
◇ファティーグ‐ジーンズ【fatigue jeans】労働着としての用途を強調しているジーンズのこと。ディナージーンズなど本来の用途を離れたものに対する言葉。
◇ボーイフレンド‐ジーンズ【boyfriend jeans】大きめで、ゆったりしたシルエットの女性用ジーンズ。
◇ディナー‐ジーンズ【dinner jeans】少し改まった場所にも履いて行けるようなデザインのジーンズ。
◇ブルー‐ジーンズ【blue jeans】藍(あい)染めした経綾(たてあや)綿布(ジーン)と、それでできた衣服の総称。
◆ローリング‐ストーンズ【The Rolling Stones】英国のロックバンド。
◆バーンズ【Robert Burns】英国の詩人。
◇ゼリービーンズ【jellybeans】豆の形にしたゼリー1の外側を砂糖で覆い、つや出しをして仕上げた菓子。ジェリービーンズ。
◇ミーンズ【means】財力。資産。
◆アイチューンズ【iTunes】米国アップル社が提供する、動画や音楽などのマルチメディアコンテンツを再生するためのソフトウエア。
◆ジョーンズ【Daniel Jones】英国の音声学者。ジョーンズ式音声表記法を作った。
◆ジョーンズ【Hank Jones】米国のジャズピアニスト。
◆ポート‐セントジョーンズ【Port St. Johns】南アフリカ共和国南東部、東ケープ州の町。
◆トムジョーンズ《原題The History of Tom Jones, a Foundling》フィールディングの長編小説。
◆バーン‐ジョーンズ【Edward Coley Burne-Jones】英国の画家。ラファエル前派
◆ちば‐ロッテマリーンズ【千葉ロッテマリーンズ】プロ野球球団の一。
◆グレート‐プレーンズ【Great Plains】北アメリカ大陸中西部の大平原。
◆ガベローンズ【Gaberones】ボツワナ共和国の首都ハボローネの旧称。

「~ンズ」は「ジーンズ」を筆頭にそれなりにあるが、この中で特に注目されることは、「する」をつけて動詞化して使われることばがおそらくローンチとタクシーングしかないということである。しかも、タクシーングは「タクシング」の短縮形が併記されている。

動詞化する一般名詞として、ローンチは極めて特殊な位置にある。

日本語の拍・フットとローンチ

ところで、日本語の音については、音節・拍・フットという分け方がある。

音節はひとまとまりの音だが、特殊拍(っ、ん、ー)は前の音に含まれる。
拍は発音の際の最小単位となる音で、特殊拍も一拍ずつカウントされる。
フットは、1~2拍をひとまとめにするもので、これによって日本語の文のリズムが生まれる。

「ローンチ」は、2音節(ローン・チ)、4拍(ロ・ー・ン・チ)であるが、フットでの分け方が難しい。

フットに分けるとき、特殊拍がフットの頭に来ないように、日本語の発音では無意識に切られている。
特殊拍がない:「スマ・ホ」「ファミ・マ」
長音:「ケー・タイ」「ド・トー・ル」
撥音:「アイ・フォン」「セ・ブン・イレ・ブン」
促音:「かっ・ぱ」「そっ・くり」
複合:「ぎゅう・どん」「ロー・ソン」

この法則からいくと「ローンチ」はフットに分けたときに「ローン・チ」となるが、「ローン」部分がどうしても3拍となる。これがおそらく、ローンチという言葉の居心地の悪さであり、日本語らしからぬ雰囲気を出しているのだと考えられる。そして、別に「公開」や「新発売」でいいところをかっこ付けて(あるいは他の人が使ってるからあまり考えずにマネをして)ローンチなどと言うものだから、余計に気持ち悪く感じられるのだろう。

同類の言葉に「アイフォーン」という発音がある。英語の中で英語的発音をするのはかまわない。しかし、日本語の文脈の中で4拍2フットの「アイ・フォン」ではなく5拍2フットの「アイ・フォーン」と発音するとき、アイフォーンだけ日本語としてのリズムが狂うのである。

発音が気持ち悪い。そう、アイフォーンならね。

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